日常0 | ナノ



春、一人になったので、笑う。

(伊勢ちゃん視点)


咲くだろうと過信していた桜が咲かなかった。3月、みんなに追いつくようにようやく18歳になった。


「伊勢、大学受かったんだって!?」
「あぁ……うん」
「すげー、おめでとう!」
「……ありがとう」
「一人暮らしするんだよな、会えなくなるの寂しいけど、たまにはこうやって遊ぼうな!」

第一志望の大学は、模試ではA判定をもらっていた。しかし試験当日体調を崩し集中力が続かず、ありえないようなミスを繰り返した。当然見捨てられた俺に手を差し伸べてくれたのは、偏差値にずいぶん差のある学校だった。

晴れやかに笑う友人たちに見送られ、慣れ親しんだ街を出る。それも不本意な大学に通うため。


心の持ち方で世界など簡単にひっくり返るらしい。


華やかな憧れのキャンパスライフ、と何度も想像していたはずなのに、希望の大学でないと言うだけですべてが打ち砕かれ、キャンパス内を歩いている人間が全員馬鹿に見えた。俺はこいつらと肩を並べるために勉強していたわけではない、決して。

つまり俺は、学生の顔つきや服装や声のボリューム、サークルの名前や授業内容、キャンパスの広さに至るまで、目に映るすべてを軽視することでしかへこたれそうなプライドを確保することが出来なかったのだ。


入学してすぐ、新入生を勧誘するサークルの波にもまれた。

「どうもー、君、一年生?」
「あ、はい……」
「どうもーテニスサークルですー、もう入るサークルって決めた?」
「あ、いや……」
「じゃあウチどう?」
「やー俺テニスそんなに得意じゃないし……」
「大丈夫みんな最初はそうだって!」

うるせぇよ馬鹿、気安く声かけんな触んな。くだらねぇ話してくんな。俺はお前らみたいな馬鹿じゃねぇんだ。

渦巻く嫌悪が滲まないよう曖昧に微笑みつつ、交わそうとすると上手く行く手を阻まれ、無遠慮に顔を覗きこまれる。


「せっかく大学入ったんだからさー、もっと楽しもうよ!」


なんて陳腐なことばだろう。安っぽいCMの謳い文句にすらならないし耳に不快感を塗りたくるだけ。


しかしその言葉を聞いて、俺の中で何か小さな爆発が起こったのだと思う。凝り固まった血肉が流動体になる、その瞬間に立ち会った。顔を上げた俺は笑っていた。曖昧に引きつるものではなく。

「……そっすよね」
「そーだよそーだよ! 楽しもうよ!」
「そうですよねー、俺もせっかくだし楽しまなきゃなーって思ってて」
「あ、明日駅前で新歓すんの。新入生は会費とらないから来て来て!」
「はーい、行きまーす!」


まあそれはつまり開き直りだ。

どうせなら、馬鹿と一緒にとことん馬鹿してやろう。酒飲んで、笑って、くだらねぇ、クソみてぇな奴らと一緒に、思うさまくだらねぇことしてやろう。しょーもない人間に成り下がってやろう。

色んな飲み会に図々しく押しかけるたび、誰もがやさしく迎え、手を差し伸べ、笑いかけてくれる。自然と顔馴染みが増え、夜を通して飲み歩く笑い合う。

「もう伊勢くんほんっと面白い!」
「いやそんなことないですよー」
「いやいいよー、伊勢サイコーだよ」
「ちょっとやめてくださいよぉ」


俺はその全員のことを、心の底から馬鹿にしていた。





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