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月曜日だから学食が混んでいる。(2)

「本、好きなんですか?」
「あーうん、一応文学部だから……」
「あ、そうか。って俺もですけど」
「あん時読んでたのはー……なんだっけ、谷崎かな?」
「あ、俺も好きです」
「痴人の愛」
「あー、それ読みたかったやつ! 読み終わったら貸してください!」
「いいよ」

人懐こさに胸を打たれる。友人が多く、誰からも愛されているのも頷ける。人の隙間にするすると入り込み、そしてそれが不快でないというのは一種才能だ。

「高岡さんっていつも一人でご飯食べてますよね」

だから余計に、不器用な自分に嫌気がさす。好きな子が話しかけてくれるという貴重なチャンスで、会話のプロデュースさえできない。童貞のようにもじもじと尻ごんだまま。

そんな俺の情けない箇所を貫くような言葉。伊勢くん意外と俺のこと見てんだな。

「……そーだよ、友達いねぇからな」
「え、そのいつも来る人は?」
「あいつは友達じゃねぇから」
「なんですかそれ」

伊勢くんが笑うと、俺のみじめな孤独感が誇張される気がしていたたまれない。伊勢くんはただでさえ友達が多く、大きなグループの中で食事をしているのだ。

あーもー俺かっこわる。


「じゃあこれから昼メシ一緒に食べませんか?」


伊勢くんの誘いは変な力がこもることもなく、あまりにも平坦で軽かった。けれど「これから」は不確かな将来を約束した重たい言葉のはずだ。これからって、一緒に、って、それはつまりずっと二人で、っていういやいやそれは考えすぎだけど、いやでもだってそれって。

「あ、いや無理だったらいいんですけど……」

返事をしない俺に、伊勢くんは気まずそうに俺を見てぼそぼそと付け加える。上手く喋れない俺は重すぎる返答や軽すぎる相槌で決定的なチャンスを逃し、人を不本意に傷つけてしまう。けれどこれは逃せない、傷つけられない。

「無理じゃないよ!」
「あ、ほんとですか?」
「……無理じゃない、けど、あれ、いいの? なんかいつも一緒に食べてる人……いるよね?」
「あーいいです別に。『友達じゃねぇから』」
「えっ」
「はは」

重々しく不自然に力のこもった返答ばかりの必死な俺に、伊勢くんは嫌そうな顔をしない。むしろ無邪気に俺の真似までする。ああ本当に人懐こいというか、これは、かわいい。

伊勢くんは細切りキャベツを小さな小さな山に崩し、口に運びながら俺を見上げる。くるりと丸い目は、俺の邪念さえ見抜いている気がして末恐ろしくさえある。


「俺、高岡さんともっといろいろ話してみたいんですよね」


伊勢くんは重要なひとことを、あまりにも軽々しく口にする。そういえば伊勢くんは、なぜ俺が一人でいるところや、本を読んでいるところを知っていたのだろう?

都合のいい結論が見えてしまいそうだったので、慌ててスープを飲みほした。塩辛いはずのスープはいつの間にか底をついていた。


俺だって伊勢くんといろいろ話してみたいよ。


その台詞は口にはしなかった。きっと同じ軽さで吹くことはできないのだ。





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