六話
どうやって帰宅したのか覚えていない。右足と左足が、混乱したままの僕を自宅まで届けてくれたようだ。
自室のベッドの、馴染み深い感触に触れてやっと力が抜けた。家着に着替えず、制服のままうつぶせでベッドに飛び込むのはなんとなくいけないことのようで、アルコールも煙草も持てない僕はこの小さないけないことに全身浸かるのだ。
キッチンから涼一の声が聞こえた。
「洋二郎、ご飯出来てるよ」
「んー……」
「食べないの?」
みどりの言葉の重さが、未だ背中に圧し掛かっているから起きあがれない。
洋二郎はホモだ、と言われているらしい。ホモ、とはなんだっけ、男が好きということか。僕は男が好きなわけじゃない。涼一は男だけど、でもそれは家族なんだから好きで当然だ。
涼一と手をつなぐというのは、クラスメイトから無視されることなのだろうか。中学校という宇宙で簡単に起きる無視という現象は、なんでこんなに頭を痛くするのだろう。
「洋二郎?」
返事をしない僕を心配したのか、涼一が断りもなく部屋のドアを開けた。うつ伏せたまま首だけを回して涼一を見る。白いシャツの眩しさと、不安そうな表情に泣きそうになった。
「どうしたの?」
「……りょういち」
「なにかあったの?」
涼一はベッドの横にしゃがみこみ、枕に口元を押しつけた僕の頭を大きな手のひらで優しく撫でた。
「友達と喧嘩でもしたの?」
「……なんにもないよ」
「嘘ばっかり」
涼一の表情や掌は圧倒的な暖かさを持っている。その前で僕は、つまらない意地を張れなくなってしまう。
「……クラスメイトに嫌われたかもしれない」
「なんで? なにかしちゃったの?」
「ううん、僕はなにもしてない……と思ってるんだけど」
「じゃあどうしたの?」
「なんか僕が……なんか、ほ、ホモなんじゃないかって勘違いされてるらしくて、みんなの対応が違うっていうか……無視、みたいなのされたりして……」
髪の流れに沿ってやわらかく動いていた掌が止まった。自室の真ん中で時が止まったのだと思った。がくんと室内温度が下がった気がした。クーラーはつけていないはずだった。
涼一を見る。やわらかな眉の山も、微笑みを携えた唇の赤も、なかった。冷たく硬い表情の人がいた。知らない人がいた。
「なにそれ?」
ホモってなんなのか無視ってなんなのか、僕もまったく知らない分からない。けれど何か答えなければ、僕はここで終わってしまう。僕の直感が僕を殺そうとする。
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