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十話

「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」

午後の講義に向かう涼一を送り出した僕は、そっと階段をのぼり、自室を通り過ぎ隣の部屋に入った。涼一の部屋だ。

家具もシーツも白と茶色で統一され、テーブルとパソコンと本棚があるだけの比較的簡素な部屋だ。片付いていると殺風景に見えるほど。

唯一、大きな本棚の中身は充実している。専門書も哲学書も、漫画も小説も豊富で、好きな時に部屋に入って読みたい本を読んでいいと言われている。


けれど今日は本棚に目を通さない。パソコンの前に座り電源をつけた。パソコンを勝手に借りるのは初めてだった。

不安定な高揚感に椅子と接した尻が浮いているような気分になる。違和感をかき消すように無心で検索サイトを開いた。真っ白の入力スペースに、ホモ、とだけいれてクリックした。






隣の家から子供の泣く声が聞こえ、我に返った。ウインドウの下のデジタル時計に目をやると、二時間が経過していた。

「あ……、もうこんな時間か」

涼一が帰ってきてしまうかもしれない。慌ててウインドウを閉じた。デスクトップ画面に戻った。


その時、あるフォルダを見つけた。脳がすこん、と白くなり部屋の温度が下がった。剥き出しの皮膚が粟立った。けれど気付いていないふりをして、そのままシャットダウンボタンを押した。小走りで部屋を出た。



自室に戻りベッドに倒れ込んだ僕は、インターネットの海で目にした知らない世界に震えていた。


知らない世界が音も立てず忍び寄り、人から見れば僕はその世界の住人らしい。横になっているのに膝が震えているのが分かる。子供の頃台風に怯えて泣きながら布団に潜り込んでいた、あの圧倒的な恐ろしさと無力感を思った。

怖い、と思った。身体中が不要な力に犯される一方、末端には力が入らない不思議な感覚に襲われた。僕の指先が僕とは切り離されている。きもちがわるい。



その感覚から逃げるための手段として、僕は起きあがり制服に着替え家を出た。校門まであと五メートルという時、涼一のパソコンのデスクトップに、「洋二郎」というタイトルのフォルダがあったことを思い出してまた背中が震えた。





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