日常がはじまっていく 1 | ナノ



02


高岡さんの最初の印象は、なんか暗い人だなー、だった。

高岡さんはあまり口を開かない。無口というほどではないし、振られればふざけた返事もするけれど、少なくとも俺みたいに騒ぎ散らかすタイプではない。不要な言葉を発することなく、ぶれず揺れずにいられる人だ。そうしてじっと黙っていても先輩や周囲の人たちから愛されているのは、理知的な印象のせいだろうか。確かに、ひねくれものの俺の目から見ても、高岡さんは魅力的な人だった。

飲み会や共通の友人づてに何度か顔を合わせたあと、どこかのタイミングで改めて自己紹介をして、校内ですれ違ったときに挨拶とちょっとした世間話を交わすようになった。俺が高岡さんに興味を持ったのはある安い居酒屋でのことだ。そこでも俺は、やっぱり飲まされ絡まれていた。

「伊勢はどんな女が好みなのー?」
「えー、好みとか特にないっす」
「あ、伊勢今彼女にフラれたばっかで病んでるんでその話タブーっすよ」
「え!? いやそれ関係ない!」
「あ、まじ? じゃあとりあえずその彼女との思い出話聞かせろ」
「やめてください傷えぐるな」
「飲ませりゃ喋るんじゃないすか」
「は!? ちょ、やめ」

散々いじられたあとトイレへ行くふりをして抜け出し、そっと帰ってきた俺は同じことが繰り返されないよう別のテーブルへ移った。マイペースに枝豆をつまむ高岡さんを見つけ、そそくさと隣に腰を下ろす。

「……ここ座っていいすか」
「え……いいけど、どうした。酔ってんな」
「いや……大丈夫です。でもなんかもうつかれた楽しい話がしたい」
「ふーん? じゃあ俺の話聴いてくんない?」
「なんすか」
「俺やっぱり、手っ取り早く金持ちになるにはスロットしかないと思うんだよ」
「…………は?」

他のテーブルが恋愛の話とその延長線上にある下ネタで盛り上がっている中で、高岡さんはずっと近所のスロット屋がどう考えても不正を働いているという話と、その上でも勝つにはどうしたらいいかという作戦会議をしていた。周囲の俗話に一切関心がなく、自分の好きなものにしか興味を持てない極端な人柄がストレートに伝わり、この人ほんと面白いな、と思った。俺は高岡さんと話すことが好きになった。

高岡さんは音楽と料理が好きで、休みの日はバイトかギャンブルばっかりで、自分の世界に没頭すれば単純な道筋では帰って来ることができない凝り性で、でも不真面目かと言うとそんなこともない。授業で登場する文献はすでに読了していることも多いし、レポートやテストに手こずった様子を見たこともない。そのくせ寝坊とサボり癖がひどいので単位が全然とれない。そういう人だ。


「……え?」


そんな高岡さんがいる。俺の部屋で、今、俺の目の前にいる。初対面の先輩にガンガン飲まされ潰れた俺を自宅まで運んでくれた高岡さんが、ベッドの上で俺に覆いかぶさっている。

「な……?」
「……ごめん」
「え? あ、え?」

状況が理解できないため、謝りながら何度もキスされている、というシンプルな現状に気がつくのにさえ時間がかかった。あれ、これどういうことだ。徐々に意識が覚醒していくと、俺は今靴下だけではなくジーンズや下着も脱がされていることや、Tシャツはかろうじて着ているものの、顎の下までたくしあげられていて、剥き出しの乳首を高岡さんの指先につままれていることにようやく実感が湧く。

「伊勢ちゃんごめん」

高岡さんはまた謝る。覚醒に時間のかかる溶けた脳内でも返事をしなければと思い、なんでですか、と言いかけたとき、俺の性器がじんわりと熱い手に包まれた。あ、俺これ、もしかしてひょっとしてやられてるのか。だから謝るのか。いや違うだろまだ未遂か。そもそもこれから何をどうするつもりで、何の目的で。

「な、なんで」
「ごめんほんとごめん、がまんできなくてごめん、でも本当にもう、俺無理だ。下心で優しくしてんだよ俺、ごめん。すき」

簡潔な「なんで」に、答えは想像の何倍ものボリュームで返ってきた。最後の言葉は聞き間違いかと思った、ほら俺酔っ払ってるし。

「好きだよ伊勢ちゃん」

そんな俺を逃がさぬように、だめ押しの一言。高岡さんの声は湿って震えている。自宅に逃げ場など存在するはずもなく、アルコールの微熱が思考を鈍らせていく。






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