廊下を歩きながら先程の事を思い返していた。彼の言葉、態度。思い出すだけで悔しさに目頭が熱くなる。唇を噛み締めながら廊下を早々と歩いた。
 十字路を右折すると丁度人がいた。しかし頭を俯かせていた名前はそのことに気付かず、そのままぶつかってしまった。 
 うわっ、という呻き声と同時に尻餅をついてしまう。

「いってー……」
「すみません、大丈夫ですか? ……って名前」

 お尻を擦っていると突如自分の名前を呼ばれた。顔をあげると、とても見慣れた顔が目に入った。

「あ、兄」

 兄と呼ばれた彼は名前の実の兄。ぶつかった相手は偶然にも自分の兄だった。

「というかなんで兄が此処に居るんだよ? 今日学校だろ?」

 今日は平日。名前は事前に言ってあるから平気だが兄は大会にでる訳でもない。
 名前が首を傾げていると、兄はにっこりと笑って彼の頭を優しく撫でた。

「愛する妹が出る決勝戦に兄貴の俺が応援に行かなくてどうする。学校なんて1日ぐらい休んだってどうってことねぇよ」
「あのなぁ……」

 はぁ、と溜め息を零すと冷ややかな目線を送る。たかだか応援するだけの為に学校休むなよと言いたそうだった。
 しかしそれも束の間。すぐに顔を綻ばせた。
 学校を休んでまで応援に来てくれた兄。呆れる反面嬉しかった名前は小さくありがとうと呟いた。

「にしても勝って良かったな」
「……うん、ありがと」
 
 おめでとうと嬉しそうに笑って祝福する兄に対し、名前の表情はどこか暗かった。笑顔も無理に作っているという感じだった。

「名前、何かあったのか?」
「んー相手の奴がさ、俺が女だからって手加減したんだって」

 それにすぐ気付いた兄は名前の肩を掴んで優しく問い掛けた。名前は苦笑いすると自嘲気味に呟いた。

「手加減さえしなかったら俺が勝ってたって」
「名前……」

 兄は名前の顔を見た途端、顔を歪めた。
 名前が今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。悔しそうに唇を噛み締め、溢れだしそうな涙を一生懸命こらえている。
 
「なぁ兄。俺、悔しいよ。勝ったのに負けた気分なんだ」

 おかしいよなぁと呟く名前の目には涙が溢れていた。
 兄は名前を優しく抱き締めると、あやすように何度も頭を撫でた。



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