19
未だに作戦を練っている名前を頬杖を付きながら見ていた鳳だったが、ふと、何か思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ俺、今から跡部さんのとこに行こうと思うんだけど、名前も一緒に行かない?」
「俺も?」
「うん、ついでに入部届け出しちゃえば良いと思うんだ」
「あー、そうだな」
HRの時に貰った入部届け。
渡された時にスポーツ推薦という関係もあるから早めに提出してくれと先生に言われたことを思い出す。
名前は鳳の誘いに頷くと席を立った。
「きゃあああああ!!」
それと同時に女子たちから黄色い歓声が、どっと沸いた。
「素敵いい!!」
「格好良いーっ!」
頬を赤くし、声をあげる女子たち。
名前が一体何事だと聞くと、多分あの人たちが来たんだと思います。と苦笑混じりに答えられた。
あの人たちって誰だ、と頭を捻らしていると再び歓声が教室内に響いた。
「きゃああ!! 跡部様あ!」
「忍足先輩素敵ー!」
「やだ、宍戸さんも居るわっ!」
「ジロー先輩もいるー!!」
芸能人でも来たのかとか思うほど興奮する女子たち。それを呆れ顔で見る鳳。その様子にこういう事は日常茶飯事なんだなと悟った。
同時に彼女たちの口から出てきた名前について考えていた。
「(跡部ってまさかあの跡部? それと宍戸さんとジロー先輩って亮とジロちゃんのこと?)」
まさかな、と思ったその矢先、背中に乗られるような形で、誰かに抱き締められた。突然の出来事に当然名前は驚き、小さな悲鳴をあげてしまう。
一体誰が、確認しようとしたら、ぐっと強く抱き締められた。
「名前―、」
代わりに名前を呼ばれた。聞き覚えのある声にある人物を想像した。首だけを捻らせば、ハニーブラウン色の髪が視界に入った。
それにより想像は確信に変わった。
「……ジロちゃん」
「あったりー」
それは芥川だった。
「名前、久しぶり!」
「ついさっき会ったでしょ。取り敢えずジロちゃん、俺から離れよっか」
「えー何で。離したくないC」
名前の首に腕を回して、ぴたりと引っ付て離れない芥川には苦笑いが零れる。嬉しいような嬉しくないような気持ちだった。
誰も居なければ素直に嬉しいのだが、此処は教室。そしてつい先程、騒ぎ立てられたばかり。とても素直に喜べる状況ではなかった。現に女子生徒から痛いほどの視線を感じていた。
「何やジロー、この子が例の転入生で、朝言うてたお気に入りの子か?」
芥川をどう離そうか思案していると、前方から関西弁が聞こえてきた。
顔を上げれば其処に居たのは丸眼鏡をかけた男子生徒。
肩に少しかかる程度の青味がかった髪。周りよりも大人びた顔立ちでどこか色気のある人だった。
「うん、この子。可愛Eでしょ! あっ、お触り禁止だからな」
「あほう、男に触る趣味なんてないわ。それにしてもこの子がなぁ。ふーん」
下から上へ、舐めずり回すような視線。不躾な視線に一歩後ずさる。
「な、なんでしょうか……?」
「自分、男の割りには可愛い顔やなぁ」
男にとっては嬉しくもない言葉。当然名前も困惑した表情を浮かべた。
「なぁ、名前なんていうん?」
顔が近付いたかと思うと耳元で囁かられた。
脳裏に焼き付くような低くて甘い声、そして微かに感じる吐息。
それだけで妙な感覚に襲われる。顔も熱くなっていく。
名前は慌てて後退ると彼を睨み付けた。
「な、何するんですか!」
「何って名前聞いただけやけど?」
「そうじゃなくて……!」
「それよりも名前は?」
「ひ、人に名前を聞く時は、まずは自分から名乗るべきです」
名前が顔を真っ赤にして言うと、彼はクスクスと笑った。
「そりゃすまんな。俺は忍足侑士や。で、自分名前は?」
「……名字名前」
ボソッと聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。しかし忍足にはちゃんと聞こえてたらしく、名前ちゃんかぁと満足そうに頷いていた。
「なぁ名前ちゃん」
「……」
早速、名前の名前を呼ぶ忍足だったが、名前は何も答えない。
「無視せんといてや」
「だったら、ちゃん付けなんてしないで下さい。俺は男です」
頬を膨らましながら言うと、名前の頭を撫でた。
「可愛いから……つい、な?」
「別に可愛くありません」
そう言うと名前は外方を向いた。
その様子に忍足は苦笑いを溢した。
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