色-無双-SS
03


(おいおいおいおい…)



これはそろそろまずいんじゃあなかろうか。
市を抜け、官人のものらしき巨大な屋敷が立ち並ぶ区域に差し掛かり少し危機感を感じてきた。
こんなところ、普通の庶民・いや裕福な商人でもなかなか立ち入ることはないのではないだろうか。
ましてやこんな早朝に。

確かに派手な格好をしているからそれなりに良い家の男なんだろうと思っていたが、まさか朝廷(と言っていいのかは知らないが)に出入りする程身分が高いとは思ってもいなかった。
しかも、あの若さで。




今まで見てきた国では朝廷に出仕しているのはもーっと歳をとったじいさ…お方たちだったように思う。
あ、もしかしてそのじいさ…お方の子供とか?あのくらいの子供がいても可笑しくはないよねぇ…


などと、思考を脱線させているといきなり腕を掴まれた。


「のあああ!!?」

「うお!!?」


どうやら派手男は私が声を上げたことに驚いたらしい。
私の方がびっくりしたんだから!
いきなり腕掴むって何事!?しかも二の腕!!

キッと男を見上げて、思い出した。
……しまった跡を付けていたんだった…。


「何なんだおまえは。おい、俺に何か用でもあるのか。」

「…イエベツニ」


しかもご機嫌ナナメなようだ。更にまずい。


「長いこと付けておいて何もない?」


無いものはないのだ。強いて言うなら好奇心しかない。
なんと言って誤魔化すべきか…正直に言うべきか…
と、市の方から男がすごい早さで駈けてきた。



「孟起どのやっぱりこっちに居ましたね!!!」

「!」


昨日の爽やかな方!
なんだ?この人知り合いなのか?
…まあそんなことはどうでもいいのですよ、これを機にさっさと市へ戻ろう。
やっぱりこの派手男を付けたのは失敗だ。


「あ!!孟起どの!その人!その人確保しといて下さい!!」

「何?」

「は?」

「昨日の!その人ですーー!!」


は?昨日の?昨日確かに会ったけどっていたいいたいいたい…!!?



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いろいろ誤解があったようだが、事情を話すとようやく二の腕は解放された。
身柄は拘束されましたが。


「なぜ拘束されるんでしょうか?」

「ふふふー、そんなに睨まないでくださいヨ!」


姜維。字は伯約と名乗った男がニコニコ笑いながら宥めてくる。
…なぜ笑顔……
伯約さんは先からこの調子だ。お陰で激しく怒る気も萎えてしまったどうしよう。



拘束されたまま部屋に通された私を見た瞬間に伯約さんが口にした第一声は「朝から捕り物ですか?」だった。それもとびきりの笑顔で。
私は勿論だが何故か派手男―馬超・字は孟起と言っただろうか―までもが顔を引きつらせたのだった。



とにかく、こうして派手男は私を伯約さんに預けて続き部屋へと消えていったのだった。


「まああなたもやってくる時期が悪かったのですよ。」

「他にも大勢入国した方はいたと思いますけど?」

「ふふふー、そして捕まった人が悪かったのですよ。」

「……」


それは否定出来ない気がする。けれどもそもそも何故私が捕まる必要があるのか分からない。
財布の件もお互いが間違えた訳だから故意でないのは分かってもらったというのに。


「孟起殿は今とっても神経質でしたからねぇ」

「多感な時期だったんですよね」


子竜さんがしみじみと言えばすかさず伯約さんが茶化した。
…多感っていう程度じゃあなかったですよ伯約さん!
しかし、ここで伯約さんは不意に顔を引き締めた。


「一番の問題はあなたが曹魏の貨幣を持っていたという事なのですけどね。」


今までのニヨニヨした雰囲気はどこへいったのか。


「一体、どこから手にいれたのです?今からお使いになる予定でも?それとも元々あなたの物ですか?」


母の形見として父に譲ってもらった曹魏の貨幣
どうやらそれを見られていたらしい。
いつも青い紐を巻き付けて無くさないように財布に入れていたのだが…あいつ人の財布見たな!?

などと考えている間も伯約さんはこちらを見つめていた。いけないいけない



「先程もお話ししたように、あれは母の形見です。」

「そうですね、先ほども聞かれたそうですね。」


伯約さんの顔が元の柔らかな顔に戻る。
…ああ吃驚した…
…そうだ。再三あいつと子竜さんに説明したというのに!


「それが、今神経質な孟起どのには引っかかっちゃったんでしょうけどね」

「まあ、確かに素通りは出来ない事ではありますが…」


あれ、何で子竜さんそこ同意しちゃうかな?


「事情は分かりましたし、もう解放してもいいのでは?と孟起殿には言っているんですけどなかなか。伯約殿はどう思います?」

「!」


子竜さん!!ありがとう!さっきちょっと反感抱いたの撤回します!


「そうですねえ…」


伯約さんが、再び真剣な顔でこちらを見つめてくる。しかし、今度は負けられない。
私も負けじと伯約さんを見つめ、目で訴えるという高等技術を精一杯駆使してみる。




「まあ、いいじゃないですか。しばらく孟起どのに厄介になれば」


にっこり笑って伯約さんはそう言った。


「お話を聞けば、別にお急ぎの旅でもないようですし。孟起殿の気が済むまでお邪魔していっぱいごちそう食べてやればいいんですよ」

「急いではいませんけど!何故そうなるんですか!」


思わず声を上げてしまうがここは引き下がれない。


「お仕事探していらしたんでしょう?」


いやいや意味がよく分からないんですけど!


と、叫ぼうとしたとき、隣室からあいつの声と"ダンッ"と何かを叩くような音が聞こえてきた。


「やれやれ、もう私の出番のようですよ。では、子竜どの。しばしここを頼みますね。」


言い残すと、伯約さんは隣室へ消えて行き、拘束された私と子竜さんが取り残されたのだった。

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