色-無双-SS
01

彼の第一印象は、最悪だった。






ここ数年情勢が不安定な東国に自ら赴こうと言う者は、現在極めて少ない。
なにしろ内乱や普通の(普通の定義にもよるだろうが)戦争と違って同地域を多くの国が取り合っているのだ。
そんな中、私が敢えて東国へと向かったのは、故国から東国までの商隊の警護はかなり良い給金がもらえたと言うことに加え、ある理由があったからだった。




私、康洛珠
父は西域、母は東国の出である。
その私がなぜ漢へ向かうのに他人行儀なのかと言えば、物心つく前に既に母は亡く、父の故国・康国と其の周辺を行き交う商隊の中で育った私にとって、漢は全く親しみのないものであったのだ。

母のことについて、父は多くを語らないが、ただ一つ。
私が「洛珠」と名付けられたのは、母が「洛水」のほとりの家屋で私を産んだからだと聞いていた。

その「洛水」とやらを見てみたい。
名も顔も知らぬ母が私を産んでくれた所へ行ってみたい。
それが、今回東国へ向かう商隊の護衛に志願した理由であった。







「ほおおう?ここが成都!!」


康国から高原を抜けたところでぶつかった森の奥
蜀漢の都・成都にようやく辿り着いた私は少々浮かれていた。
東国行きを散々しぶっていた父を説き伏せ、女がてらようやっと東国までやってきたのだ。


「洛珠ちゃんにとってはこんな都珍しくも何ともないんじゃあないの?」

「確かにここより綺麗な都も大きな都もいくつか見ては来たけどやっぱりそれぞれ違うものがあるよ!」


警護を務めていた商隊で仲良くなった少女・崔英紹を宿営へ先導しつつもくるくると身体ごと何度も回転し、初めて訪れた成都の空気と久方ぶりの人混みを私は満喫していた。
それが不注意といわれれば反論できない。きっと声も弾んでいたことだろうし。
しかし、周りの状況を把握することにかけては若干の自信があったのだ。
伊達に子供の頃から十何年、商隊の警護をする父についてまわっていた訳ではないのだ。



しかし、である。





「あ、洛珠ちゃんうしろ…」


英紹が丸い目を見開きつつ私に教えてくれる前に


「へ」


肩からタックルを入れるような形で


「………あ、れ?」


私は丁度角を曲がってきた男の人とぶつかってしまっていたのだ。
懐から財布が滑り落ちて地面に落ちる音がする。
しかしそのときの私は、自分が人にぶつかるというおよそあり得ない事態に吃驚したあまりに頭が真っ白になってしまっていた。


「全く、人混みで暴れるとは一体何事…」


カチン

頭の中で音がした。
確かにくるくる回ってはいたが暴れた覚えはない。
一体この人はなにを基準に暴れたなどと言っているのだ。

生来穏やか、とはいいがたい私はそこまで考えて思考を停止させた。
慣れない(たとえ知識があろうと)異国で騒ぎを起こすのはまずい。その国にはその国の風習があるのだから部外者の私は口出しすべきでないのだ。と
この数年でようやく理解したことを脳内で繰り返す。
何より自分は現在雇われている身なのだからなおさら厄介事はご免被りたい。穏便にやり過ごさなくては。



と、そこで。

そこまで考えていたところで。

彼が自分を凝視していたことに気がついた。


「…あのう?ぶつかってしまいすみませ…」

「お前、胡人か?」


きたか。
謝る私の声に半ば被さるようにして、彼が問いを発した。

この容姿に関してはよく問われるのだ。胡人なのか?漢人なのか?と
英紹に言わせると、顔かたちは漢人のよう、髪や身の丈は西域人のよう、だそうである。
私自身はあまり気にしていないのだが、なぜそれを聞かれるのかよく分からない。

まあこのことに関しては良かったのだ、別に。
今まで何度も聞かれた問いであったし、私自身は故国はと問われれば康国だと答えるのだから初対面の相手に対してお決まりの答えを返すだけであるのだから。


「そうですが?」


なにか?とでもいうような口調になってしまったのは許して頂きたい。
しかし、問題はその後だったのだ。
第一印象を最悪にしたのは。


「ふう…ん?西域の男も蛮勇に優れなかなかに手強いと聞いていたが…女を連れ歩いて浮かれるような優男だったとはな。」


なんて?今

ちいいいいさい声で、言ったな?大層無礼なことを。
言ったな?そもそも私は女なのだけど?
何処をどう見たらわたしが男に…ちょっとさっぱりした格好過ぎたからだろうか…それにしても、だ。

英紹の視線が私の胸に向かっている。
私が英紹に視線を向けた所で


「慣れぬ土地では無闇やたらに浮かれぬ事だ。」


という科白を残して、彼は雑踏へと紛れていったのだった。


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