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日常が戻るのに日はかからない。
つい先日ハルアが家出から戻り、その後すぐにルッチと入れ替わるという珍事を挟んでなお、いつの間にやら日常が戻って来ていた。
「ハルア、なんか背ぇ伸びてねえか?」
「え!そうでしょうか」
「いや自信はねえんだけど、なんとなーくそんな気がするっつうか」
「ンマー、まあ子供のうちは面白いくらいに日に日にでかくなるからな。
…もしくはパウリーが縮んだか」
「ええええパウリーさん身長を計りに行きましょう!も、もし病気だったりしたら早期発見が大切ですから…っ!!」
「ちげええええ!アイスバーグさん、あなた遊んで…って引っ張るなってハルア!」
「ははははは行って来い!」
笑うアイスバーグの言葉に顔を青くしたハルアはパウリーの手を引き、あわあわと足早に駆けて行ってしまう。手を引かれるパウリーもなんだかんだと言いながら、その歩調に合わせて付いて行くあたりが甘いのか優しいのか、もしくはその両方か。
その大小二つの背中を見送ったアイスバーグは、機嫌良く鼻歌を歌いながらその場を去った。
……ちゃっかり、帰るべき社長室とは反対方向に。
「失礼します!」
「あらあら、必要なのはベッド?救急箱?
パウリーさん、ここにはアルコールはエタノールしかありませんからね」
「いるか!!その前に仕事中に飲む奴がいるかよ舐めんな!」
「すいません、ちょっと身長を計らせてほしいんです」
二人が辿り着いたのは、各ドッグや本社内にもある医務室。
普段めったにお世話になることはないパウリーは、けらけらと笑う女医に「ハレンチな服着るな!」とお叱りの言葉を抜け目なく投げかけた後、きょろきょろと室内を見回す。
自分の通っていた裏町小学校の保健室をぼんやりと思い出しながら、自分の手を引いてずんずんと奥へ進んで行くハルアにされるがままに付いて行った。
「さあ!どうぞパウリーさん!」
「おいおいマジで計るのか?むしろお前が計れよ」
「あ、靴はちゃんと脱いでくださいね」
「おお、分かってる…って流されてるぞ俺!ハルアお前、なんか性格変わってねえか!?」
「さあ!さあさあさあ!」
「ああくそ分かった分かった!」
妙に押しの強くなったハルアに負けて、やけくそにブーツを脱ぎ捨てて計りに背を付ける。
どこからか踏み台を持ってきて目盛りを真剣に読むハルアに苦笑しつつ、視界の端にベッドがいくつか映る。
今はどれも空いていて、真っ白で清潔そうなシーツがシワも無く広げられている。
ぽつん、と
染みのように浮き上がる記憶が1つ。
さっきも言った通り、彼は医務室にお世話になることはほとんどなかったが、最近ここを訪れる機会があった。
おそらくこの先忘れることはないであろうその時の記憶をなぞりながら、光を反射するシーツの白が眩しくなって目を閉じる。
「…お前さあ」
「ああ!頭を動かしちゃダメですよ!」
「あ、わり。
あの時の傷とかよ、なんだ、もう良いんだよな?」
目を開けると、相変わらず光を反射する白。
そして頭に浮かんでくるのは、白に滲む赤。
シーツとシャツの白を汚した血の赤は、気を失ったハルアの肌を流れてはまた白を汚し、その身体に包帯が巻かれる間にも黒く変色していった。
あの時見た限りでは、血はすぐに止まったし大きい傷も無かった。
だが、その次の日にその身体は再び血を流すことになる。
「あの時、止められなくて悪かった。ぶん殴ってでも止めときゃ良かったんだ」
同僚の暴挙を止めようとはしたものの、鋭い視線だけで制されてしまった自分。改めて同僚の強さを思い知った。
言い表せない悪寒は、思い出す度に濃くなる。
目の前で二度の血を流した体が、今はきょとんとした表情で立っていても。
「パウリーさん、あの時のことは」
「そもそも、フランキーの時も誰かが気付いてりゃ良かったんだ。いい大人が揃いも揃って頭に血が昇って、ルッチもお前も殺しちまうとこだったんだよ。おかしいだろ、なんで子供のお前が怪我しなきゃならなかったんだ」
「あれはぼくが勝手にやったことでしたし、それにルッチさんたちにも隠れているように言われてたんです。だからおかしいも何も、自業自得だったんですよ」
計り終わったのか、ぴょんと踏み台から下りたハルアが、パウリーの脱ぎ捨てたブーツを揃えて差し出した。
それを受け取る代わりに、ぶすっとした表情で新しい葉巻に手を出して女医から注意が飛ぶ。
そのことにまたぶすっとしながら葉巻とカッターを戻し、やっとブーツを受け取った。
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