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CP9歴代最強と謳われる男が恋をした。
そんな馬鹿げた噂が、ほんの一時期だけエニエスロビーの隅で囁かれて、そしていつの間にか消えて行った。

「おかえりなさい!ルッチさん」

「ポッポー!」

「ハットリさんもおかえりなさい、お疲れ様です」

自室の重い扉を開けると、ベッドに腰掛けて本を読んでいたらしいなまえがぱっと顔を上げた。本を置いてにこにことルッチの方へ走り寄るが、途中でがくりと体勢が崩れる。

「あ…っ」

ルッチの部屋は絨毯などはひいておらず、まだ子供のなまえがころべば必ず怪我をする。しかしそこはCP9。剃で扉からなまえの傍まで一瞬で駆け寄り、軽い身体をぽすりと受け止めた。
受け止めたついでに抱き上げて、肩口に顔を埋めてそっと抱きしめる。

「すいませんルッチさ…ふふふ!くすぐったいですよう」

「なまえ、俺がいない間に何も無かったか?」

「はい、大丈夫でしたよ。ルッチさんはどうですか?お仕事で怪我したりしていませんか…?」

「ああ。…だが少し汚れたか」

全身黒い服装で分かりにくいが、確かに鉄の匂いがする。なまえがルッチの肩に触れていた自分の手の平をそっと見てみると、赤が乾燥した黒い色で汚れていた。
それに気付いたルッチがなまえを床に下ろすと、なまえの白いシャツも手の平と同じ色で汚れてしまっていた。

「ルッチさんお風呂にします?それとも着替えだけで済ませますか?」

「風呂にしよう。湯をためておいてくれ」

返事をしながらその場で服を脱ぎだしてしまうルッチに慌てて返事をして、浴室にかけこんで浴槽の蛇口をひねる。
悪魔の実の能力者は、半身が水に浸かると身体に力が入らなくなる。そのため、シャワーならともかく、浴槽で湯に浸かることは結構珍しい。

「でもやっぱりお風呂でゆっくりするのは良いですよねえ」

能力者でも危なくない程度のところで湯を止めて、タオルを準備して出て行こうとすると同時にルッチが入って来た。既に服は脱いでしまっているので、鍛え上げられた肉体がよく分かる。目立った傷や汚れはどこにも無いので、彼の言った通り今回の任務で彼自身は傷1つ無く無事だったらしい。

そのことに安堵しつつ、早く出て行かなくてはとルッチの横を通ろうとすると、ぐいっと腕を引かれた。

「さっきのでなまえも汚れただろう」

「ぼくは手の平と服だけなんで、着替えてしまえば大丈夫ですよ」

ね?と笑うなまえの顔をじっと見つめて黙っているかと思えば、無言のままなまえのシャツのボタンに手をかけた。ちょっとちょっとと慌てる制止の声も聞かず、ボタンやベルト、留め具を全て外していく。

「ル、ルッチさん!そうです、ぼくは先に食事の用意をしますんで、その間にルッチさんはゆっくりと」

「後で良い」

「む、むむむむ…!?」

流されて、と言うか強引に押されて、結局そのままぼんやりと湯に浸かっていた2人。
ルッチの足の間に座らされて、彼の固い胴に背中をあずけながら、たまに思い付いたように髪や手足に触れてくる手に、拒絶することなく目を閉じる。
しかし向き合うように座り直されて、キスされそうになった時にはさすがに真っ赤になって抵抗はした。

そのせいか若干ムスっとした大人気ないルッチだったが、なまえの髪をこの上なく丹念に乾かすことで気が済んだようで、なまえはこっそりとほっと一息ついた。

「……あまり食べていないのか」

ルッチに遅れて浴室から出ると、彼は簡易キッチンにある冷蔵庫の中を覗いていた。
単にミネラルウォーターのボトルを取りたかっただけのようだが、その際に見えた冷蔵庫の中身に眉を寄せている

「そんなことないですよ?ちゃんと毎日三食食べてましたし、それに元から用意してくれていた食料の量がなかなか凄かったですからね」

へにゃりと笑いながら鍋を取り出すなまえに、ルッチはもう一度冷蔵庫を覗いてみた。

今回の任務で、彼がここを留守にしたのは一週間。
確かに、その間で消費するには十分すぎる程の食料は用意してあった。そのために、簡易キッチンには似つかないほどの大型の冷蔵庫を買い足したほどだった。
それにしても。
それにしても、今冷蔵庫に残っている中身を考えると、この一週間で無くなったものは少ないように思う。

「さて!ルッチさんは何か食べたいものはありますか?」

「久々のなまえの飯だ。何でもい…」

「何でも良いは無しにしましょう」

「……おすすめで」

「あははっ!あんまり変わらない気もしますが、それじゃあ待っててくださいね」

ソファに座ってハットリと酒を飲みながら、せかせかと動くなまえを眺める。
ふと目が合うことがあると、少し照れたように笑ってまた料理に戻る。じんわりと胸のあたりが暖かいのは、湯に浸かったせいでも酒のせいでもないだろう。
今回の任務は食事に不自由することも多かったので、漂ってくる匂いに空腹を思い知らされる。ハットリは待ちきれなくなったのか、なまえの肩にとまって味見の役をかってでていた。


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