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ピンク色のランドセル
オーダーメイドによる一品物のそれは、一見するとどこかのお嬢様のものだろうと思わされる。
しかし惜しい。
正確には、そのランドセルの持ち主はお嬢様ではなく、お坊ちゃまだったから。
「おお、やっぱてめえだったか」
「ああ、こんにちはベラミーさん。いきなり後ろから声をかけてくるものですから、うっかり防犯ベルの紐を引くところでした」
小学校からの帰り道、普段は父親の部下(手下や配下と言った方がしっくりきてしまうけれど)の誰かしらに車で送り迎えされていたなまえだったが、今日は歩いて帰ると連絡を入れておいた。散歩がてらにゆっくり帰ることは珍しくないのだが、今日は背後でバイクのエンジン音が止んだと思えば、聞き慣れた声に呼び止められた。
ヘルメットをはずして髪をなおしている彼もまたなまえの父親絡みの関係者で、派手な金髪といい顔の傷といい、小学生に気軽に声をかけていい風体ではないが、自分の父親が人の親とは思えないような風体をしているなまえは気にしたことなどない。昔からそうだった。“あの”父親に比べれば、たいていのチンピラやヤクザくらいなら簡単に霞んでしまうのだ。
「今日は歩いて帰るってのは俺も聞いたがよお、てめえまた護衛撒いたな?」
「後なんかつけなくても、ちゃんと家に帰りますよ。後ろからじっと見られながら歩くのも疲れるものです」
「そう言いながら今日はどこに寄って来た?ダチの家とかならまだ良いが、まさかまたサー・クロコダイルのとこじゃあ…」
「いいえ、今日はローさんのところに」
そりゃまた面倒なところに。ベラミーは髪をがしがし掻いてため息を吐いた。どうしてかなまえは、彼の父親と仲のよろしくない相手とやたら仲が良い。
例えば父親と親戚関係にあるどこかの社長だとか。
例えば昔は父親の傘下にいた生意気な男だとか。
それならなまえが父親のことを嫌っているのかと言えば、そうではないようにベラミーは思う。
小学生のくせにとんでもなく行動力のある子供であるなまえなら、父親や家を嫌えば荷物をまとめて家出することもきっと厭わないだろう。それに家出した後、宿代わりにする宿泊先もあるのだ。主に父親と仲のよろしくない相手の家だが。
しかしそれをしない上に、こうやって父親の関係者とも普通に接しているのだから、別に嫌っているわけではない…はず。なにせベラミーはあまりぐちゃぐちゃ考えるのが得意ではない。
ベラミーはなまえの父親と直接会うようなことはほとんど無いので、実は親子が揃っているのを見たことが1度しか無い。その1度も、たしか「俺の息子だ」と簡単に紹介されただけだった。そして「可愛い子ちゃんだが、舐めてかかると痛い目見るぜ。主に俺が見せるんだが」と。つまり何かあればぶっ殺す、と。
何にせよ、結局はベラミーは目の前にいる小さな子供と、憧れであるあの男が親子であると言う実感があまり無い。
「どうしましたベラミーさん。珍しく難しいことでも考えている顔ですよ」
「目の前の可愛げのねえガキをどうやって泣かそうか考えてたとこだよ」
「そうカリカリせず。短気は損気ですよ。いつものように舌を出して人を見下して笑っている方がベラミーさんらしいですし」
真似のつもりなのか、べえと無表情で舌を出すなまえを、脱いで手に持ったままだったヘルメットで軽く小突く。
ごちんと軽い音がしたが、もちろん手加減しているのでなまえも平気そうな顔で小突かれた個所を撫でている。
「仲が良いな」
「「えっ」」
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