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「チアキ」

「おはようミホークさん、今日も1番乗りお疲れ様です」

入り口ののれんが上手くかけられず、これでもかこれでもかと頑張っていると、ひょいと取り上げられて定位置に納められた。
振り向けば、ここ数カ月の朝風呂1番乗りを独占し続けているミホークさん。
相変わらず眼が怖い。背中の剣も怖い。でも優しい。

俺が番頭を勤めるこの“大海の湯”
母の話では随分と古い歴史があるらしく、あの海賊王と白ひげも訪れたことがあるとか無いとか。
そんな噂のおかげか、現在もお客はまあまあ生活に困らない程度にはやって来る。ありがたいことだ。

ミホークさんから料金を受け取り、番台によじのぼって勘定箱へ。
うちは男湯と女湯にそれぞれの番台を設け、男湯は俺が、女湯は母がその役割を勤める。
男湯はいつだって騒がしいが、女湯は静かでうらやましい。
さあさあ、すぐにでも騒音の権化がやって来てしまう。
なんて考えているうちに、ほら来た。

「チアキちゃん、今日こそ俺が1番だろ?」

「残念、今日もミホークさんです」

「フフフ!またやられちまったか鷹の目ぇ!」

既に服を脱ぎ始めていたミホークさんがこちらを向き、また興味も無さそうに視線を戻してしまう。
そうですよね、無視するのが1番ですよねドフラさんは。
何がそんなに楽しいのか、フフフと笑みを絶やさずに料金を差し出してきた。

にゅう、と長い腕で押し付けるように差し出す札束を、1枚だけ抜き取ってあとは投げ返してやる。

「はい1万ベリーお預かりして、おつり9600ベリー。
いつも言ってますけど、おつり無いようにしてくださいよ面倒なんで」

「俺もいつも言ってるが、これ全部受け取っちまえよ。こづかいだこづかい」

なあ?とまた押し付けられる札束を軽くはらって、その腕の袖口におつりを放り込む。
羽コートの中からチャリンチャリン聞こえますよ。ださいですね

「今日もうるせえなあ、鳥の行水なら池でやれ桃鳥」

「それなら鰐は沼かい?泥で湯を汚すんじゃねえよ」

「おはようクロコダイルさん、いつも通り3番乗りです」

ドフラさんと違って、きちんと小銭でくれるクロコダイルさん。
まあ初めの頃はやっぱり札束だったっけ。
さんざん言って、何とか小銭で払ってくれるようになった。

もそもそと服を脱ぐ常連様3人を眺めて、この3人の裸をいっぺんに見れるのなんて自分くらいだろうなあと考えた。
仲が良いんだか悪いんだか分からない彼らは、毎日今日と同じ順番でやって来ては湯に浸かって行く。
朝一番に入って帰り、さらに夜にもたまに来る。
いや、良いんだけど。良いんだけどヒマなんですか?
七武海がこんな小さな島の小さな銭湯に入り浸って良いんですか?

「チアキちゃん、いつもの用意しとけよ」

「俺もだ。分かっているなチアキ」

「冷えてなかったら砂にするからな」

「はいはい、ドフラさんいちご、ミホークさんフルーツ、クロコダイルさんコーヒーですね」

何が、と言われれば、もちろん出た後のお楽しみの牛乳のこと。
三者三様のお気に入りはきちんと把握している。
最後の1人は物騒なことを言っているが、この間手違いで冷えていなかった時は、むっと顔をしかめて頭をぐりぐりされただけだったなあ。(いや痛かったけど)

しかしこの3人が並んで牛乳飲むところなんて見れるのも、やっぱり俺だけなんだろう。
そもそも3人がここ以外で揃うこと自体が少ないらしく、以前来てくれた元帥さんが真剣に悩んでいたのを聞いた。
お連れのガープさんは思いっきり笑い飛ばしていたけど、大変だなあ偉い人たちは…。
俺、銭湯の子供で良かった。

「チアキ、頼む」

「はい、お預かりしますね」

ミホークさん(全裸)から大きな黒刀を預かる。
さらにドフラさん(全裸)からは羽コート、クロコダイルさん(くどいようだが全裸)からは鉤爪を。

貴重品は番台で預かると前に教えたら、なぜかこうなった。
財布は預けないくせに、なんでこんな物は預けるんだ。
まあ荷物カゴに入らない(特に黒刀)だろうけど、本当に何を考えているんだこの人たちは。

黒刀を体で支えるように立てかけて、羽コートを羽織って鉤爪を抱える。(どれも重い…)
完全防備になった俺を満足そうに眺めて、逆に完全無防備な3人はやっと風呂場へと消えた。
風呂場の扉が閉まった途端、ぎゃあぎゃあと言い争うような声が聞こえてくる。
風呂場ではそれはもう良く響いて、おそらく外にまでしっかり聞こえているんだろう。
いつものことだからもうどうしようも無いけれど、また浴槽を破壊したらどうしてやろうか。
今度は全裸のままで1時間正座じゃ済まさない。

「もうちょっと大人しくしないと牛乳抜きですよー」

「「「なんだと」」」

騒がしい風呂場に番台の中から声をかけると、扉のむこうから聞こえてくるのは不満たらたらの呻き声。
なんだと、じゃないですよ良い歳の大人3人が。


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