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朝起きれば、自分は船大工。
CP9の自分は胸の内に忍ばせて、今日も町中を飛び回る。

「山風―!今日もすげーなー!!」

「おはようさーん!ワシは明日だってすごいぞー!」

朝の冷たい空気を自身の体で切り裂いて空を舞う。
よそ様の家の屋根を踏み台にして、また空へ。
くるん、と調子に乗って空中で一回転してみれば、地面を歩く市民から歓声が起こる。
山風と呼ばれるようになり、(どこかの変態は山ザルなんぞと呼びおるが)自分がこの町に受け入れられたのだと認識して、任務の順調さとは別に、不謹慎ながらも嬉しく思ったのは自分だけの秘め事だ。

エニエスロビーでもそうだったように、事務の女たちはきゃあきゃあと声をかけてくれる。
あの純粋な瞳が良いだの、細く見えて強靭な手足が良いだの、噂をしてくれるのは嬉しいが、それはこちらに聞こえて良いものか。
これまた不謹慎だが、女たちに騒がれるのは気分が良い。
あまりにやかましければ不快だが、小さくも自分の耳に届く声は微かに甘い。
あまりに関係を深めるのはまずいだろうが、ちょっとつまみ食いぐらいは許されるだろう。

・・・そう思っていたのだが。

あくまでこれはつい先日までのカクの脳内であり、決して現在のそれというわけではない。
考えとは常に変わり続けるものだ。
もし過去の彼の考えを現在の彼に伝えることができたなら、彼はきっとこう言うだろう。

何を破廉恥なことを言っとるんじゃ、ばかばかしい。

おい待てばかばかしいとは何事か。
これは間違いなくお前の過去の脳内だ。
・・・つっこみはさておき、現在の彼はどうやら過去の考えを捨てた、もしくは既に忘れ去っているらしい。
つまりは彼が考えを新たにしたわけで、今は色恋沙汰は二の次にされている。
まだまだ若いうちからそれもどうだろう。
口調が若者とは思えないにしてもどうだろう。
それで良いのか町の人気者。
何があった人気者。

答えは簡単。

「ハルア!待っておったぞー!!」
「カクさんお待たせしましたー!」

・・・こういうわけである。

「今日も一段と可愛いのう!さすがワシの弟分!!」
「ひゃああ!カクさん危ないです!」

可愛い可愛いワシの弟分は、今日もワシらに昼飯を届けてくれる。
ブルーノにわがまま言っておいて良かった!
ものすごく嫌な顔をされたが、毎日の昼飯を頼んでおいて本当に良かった!
最初はブルーノが届けに来ておったが、今では奴の“店を手伝いに来た甥っ子”が代わりを務めている。
毎日じゃ!毎日昼休憩になれば来てくれるんじゃぞ!
なんという幸せデリバリー!

昼休憩の間は昼飯をさっさと食べてハルアとじゃれ合う。
仕事が再会されればハルアは帰ってしまうが、その日の仕事を片付けて店に行けば、もちろん『あらお昼ぶり』となるわけで。

今ではハルアのいなかった頃がほとんど夢であったように思えてくる。
昼にやってくるのが(心底嫌そうな顔をした)ブルーノで、店に行ってもいるのは(またお前らか、と言わんばかりの)ブルーノと酔っ払いたち。
今思うとなんと華の無い!!
考えただけで怖気がするわい!!

それが今ではどうじゃ!

「カクさん?どうかしましたか?」

「いや、幸せじゃなあ、と」

頭上に?を浮かべるハルアの頭を撫でてやれば、ひゃー!と楽しそうな声があがる。
エニエスロビーでは随分と大人びておったが、何やらここでは年相応の子供らしい仕草や動作をよく目にする。
この来たばかりの島のせいか。はたまた周りに女が少ないせいか。
もしくは今の姿が本来のものか。
そのどれであってもワシには嬉しい変化じゃ。

「カクさ、ひゃあああ!!」

「ハルア、来ていたのかっポー」

「これルッチ、そのいきなり抱きしめるのはどうにかせんか」

「いつもすまないっポー(ちゅっちゅ)」

「や め ん か !!」

せっかくのハルアとの時間が台無しじゃ!
しかしこの男、こちらに来てからスキンシップがやたらと激しくなりおった。
いや前から激しかったが、一年の間が空くと更にひどくなりおった。
抱きしめる抱き上げるは当たり前じゃったが、今ではそこにキスの雨を降らせる、が追加されておる。(やめんかああ!!)
頬に額に鼻に手に。
それを見た通行人たちは一様に目を丸くする。

え、あれ、ロブ・ルッチが。
あの次期職長候補の新人ロブ・ルッチが。
なぜか鳩を使って腹話術で話すが冷静なあの男が。
・・・子供(しかも少年)ときゃっきゃうふふな状況なんだが。
なにがどうなってそうなった!!?

とまあこんな感じか。
相手が大人の女であったなら随分とオープンな逢瀬だが、相手が相手。
懐かしいのう。エニエスロビーでも役人たちはああじゃったな。
今も通りがかったファンの一人が失神寸前のような顔で見ておるが、あちらでそうだったように、そのうち見慣れた光景になってしまうことじゃろう。
それまでに何人の女が失神することやら。
(ちなみにハルアが来て五日現在で既に十三人)

口を挟むことになるが、ここで補足を。
ルッチを随分な言い様であるが、実はカクもなかなかに人のことが言えなかったりする。
彼と同様に抱きしめる抱き上げるは当たり前。
見かければ駆け寄るし名を呼ばれれば破顔するし。
女に見せたことも無い甘い笑みはハルアに向けられたもので。
どの女がいくら頼んでも拒否し続けた空中散歩も、ハルアには何度でもお誘いの言葉を投げかける。
今のところはギリギリ兄弟のように見えているが、カクも充分にルッチ同類予備軍なのだ。
(ちなみに失神したファンは七人)

良いのか潜入中のCP9.
良いのか人気船大工。
良いのか大人の男。

いやいや良くないだろうお前ら!

と言うわけでストップをかけるのがこの男。



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