3. saviour

今日は私の部屋で手作りごはんを食べた後、テレビを見ながらゆったりと過ごしている。
大吾さんはタバコを吸う人だけど、私の部屋では絶対に吸わない。
その気遣いは嬉しい。
でも、彼専用の灰皿を用意するのにちょっと憧れてたりする。


「大吾さんは峯さんの事とても信頼してるんですね」
最悪な食事会以来、大吾さんは私の前でよく峯さんの話をするようになった。
話を聞いてる限りだと、峯さんはかなり大吾さんの信頼を得ているらしい。
「ああ、あいつは仕事を完璧にこなすから信頼してるんだ。それに男の俺から見てもカッコイイからな。なまえもそう思わないか?」
「え?!」
カ、カッコイイ……?
第一印象があまりにも最悪過ぎて考えた事がなかったけど、言われてみれば客観的に見ると背が高くて顔も整ってるかもしれない。
そういえば初めて会った瞬間、そんな感じの事を思ったような……
いやいやいや。
「んー、カッコいい……んじゃないですか? でも私は大吾さんの方がカッコイイと思います」
そう言って大吾さんの肩に寄りかかると、大吾さんは嬉しそうな顔をしながら私の頭をなでなでして、「なまえは可愛いな」とキスをしてきた。
キスがだんだん深くなってきてそのまま押し倒れされると、私達は互いの背中に腕を回して抱き合いながら舌を絡めたキスに夢中になった。

あの人のせいで今後どんな嫌がらせをされるかわからないから不安だし、心の底から憎たらしい。
だけど、今はそれ以上に大吾さんの事が好き、愛しいという気持ちが大きくて仕方がない。
行為の最中に何度も何度も大吾さんの名前を呼んでキスをせがんだらいつもと違う私の様子に少し驚いていたけど、それに応えるように大吾さんもたくさん私の名前を呼んでくれた。
「大吾さん、好き」
「俺も好きだ」
「あっ……ん、好き……」
「なまえ……」
「大吾さんっ、……大吾さんっ」
ずっと、ずっと一緒にいたい。
その夜は私からも積極的に求め、最後は大吾さんの名前を呼びながら果てた。









最近ちょっと肌寒くなってきたなぁ、なんて思っていたら、街で冬物のコートを着ている人を見かけるようになった。
そうか、もう十一月だもんね。
来月はクリスマスかぁ。
そんな事を考えながら仕事を片付けて帰り支度をしていると、キーボードの奥に置いてあった携帯がブルブルと振動した。
今日はこの後デートで食事だから、きっとその件の電話だろう。
急いで荷物をまとめて廊下に行き、大吾さんからの電話に出た。
「仕事中だったか?」
「いえっ、今終わりました」
「そうか、お疲れ様。俺もこれから店に向かう途中なんだ。それで峯がちょうど神室町にいるからなまえの会社の前で待たせてあるんだ、それに乗ってきてくれるか?」
うわぁ……最悪だ……。
大吾さんは峯さんをとても信頼しているし、大事な仕事の仲間なのは分かってる。
だからこそ恋人の私の事をちゃんと紹介してくれるのは嬉しいけど、こういう機会を増やすのはやめて欲しい。
まぁ、大吾さんは私たちの間にあった出来事を知らないからしょうがないんだけど。
もう既に会社の前で待っているという事だから逃げ道はなく、重い足を引きずりながら峯さんの待つ場所へと向かった。

「ね、今の人すごいイケメンじゃなかった? 背もすごい高いし」
「私も思った。車黄色くてめっちゃ派手だったよねー」
会社を出た所ですれ違った若い女の人達はチラチラと後ろを振り返りながら、楽しそうに今見かけた男性の話をしていた。
まさかね、なんて思いながら彼女達の視線の先に目を向けると、そこにはエナメルイエローの派手なスポーツカーが止まっていて、その前でタバコを吸っている峯さんの姿があった。
こちらに気付いた峯さんはすぐにタバコを携帯灰皿へ押し付け、それをポケットにしまうと私に向かって浅く頭を下げた。
「お疲れ様でした」
「……お迎えありがとうございます」
峯さんがまさかこんな派手な車に乗ってるとは予想外だった。
派手な車も、背の高い峯さんも、両方目立つから周りからの視線がチクチク私の全身を刺している。
「どうぞ」
そう言って峯さんがドアを開けたその先は助手席で。
てっきり運転席だと思っていたから、外車だと知って驚きを隠せない。
『外車なんて初めて乗るなぁ……』
背の低いスポーツカーに恐る恐る乗り込み、私がちゃんと乗ったのを確認した峯さんはそっとドアを閉めて運転席の方へ回り込んだ。




車内の高級感とかスピードの速さとか、驚く点はたくさんあったけど、何より一番驚いたのはラジオや音楽が何も流れてなくて車内が無音な事だ。
この状態で店まで行くのかと思うと地獄でしかない。
家族や仲の良い友人とでさえ音楽はかけたいのに。
私は気不味い空気に何とか耐えるため、窓ガラス越しに外の景色をずっと眺めていた。
私は運転免許を持っているけど車はないし、乗る機会もないから運転はしない。
乗るとしたらいつも助手席だから、普通なら運転する人が乗っているであろう場所に自分がいるのは少し変な感じがした。
駐車券を取る時とか、ドライブスルーとか、そういう時はどうするんだろう。
そんな事をぼんやり考えていると、峯さんが声をかけてきた。
「一体いつになったら大吾さんと別れるんですか?」
口を開いたかと思いきや、またその話。
まぁ私達の間で話をするとしたらそれくらいしかないけど。
「前にも言いましたけど、私は大吾さんと別れるつもりありません」
キッパリ言い切ると、峯さんはいつものようにハッと馬鹿にしたように笑う。
「大人しそうな顔して結構気が強いんですね。何で大吾さんはこんな女が好きなんだ……」
相変わらずな言い草に苛立ちを覚えた。
こんな人相手したくないのに、つい反論してしまう。
「そうです、私結構気が強いんです。峯さんの幼稚な嫌がらせに挫けるつもりはないですよ。この先もずっと嫌がらせするつもりですか?」
峯さんの顔から馬鹿にした笑みは消えない。
「大吾さんの前からいなくならない限り、そうなるでしょうね」
すると目の前の信号が赤に変わり、車がゆっくり停止線の前で停車した。
ただでさえ静かな車内はエンジン音さえ消え、息を飲む音さえ聞こえてしまうんじゃないかというくらいに静まり返った。
そこで私は、心の底で僅かに感じていた事を思わず口走ってしまう。
「……ヤキモチ……妬いてるんですか?」
「…………ヤキモチ?」
峯さんは眉をひそめ、何を言ってるんだと言いたげな顔で私を見てきた。
それに怯まず、私は続ける。
「大吾さんを私に取られて怒ってるんじゃないですか?」
私自身何を言ってるんだろうとも思うけど、二人の仲の良さを近くで見ていて素直に感じた気持ちだった。
だって私、峯さんには何もしてない。
初めて会ったその日から嫌がらせを受けなきゃならない理由を考えていたけど、それくらいしか思いつかなかった。
峯さんの考えている事はよくわからないけど、大吾さんを信頼して支えようとしているのは部外者の私にも何となく伝わってきていたから。
「…………」
図星なんだろうか?
峯さんは黙ったままで口を開かない。
私も何も言わずに言い返してくるのを待っていると、そのまま返事が返ってくることはなかった。
まさかあんな風に沈黙になって会話が強制終了するなんて思ってもいなかったから、目的地に着いてからの私は車から降りていいのか悩んでしまう。
だけど峯さんが先に車から降りて、助手席まで回ってくるとドアを開けてくれた。
何も言わない峯さんに変な恐怖を覚えつつも車から降り、急いで歩道まで移動した。
すると峯さんはそそくさと運転席に戻り、最後まで言葉を発する事はせずに車を走らせて行ってしまった。
私はただ、走り去っていく車をポカンと見ながら立ち尽くす。
あんなに憎たらしい事ばかり言う癖に、紳士的にエスコートするものだから混乱してしまう。
体に染み付いているんだろうか。
それにあの沈黙は何だったんだろう。
私は峯さんの地雷を踏んでしまう様な事を発言してしまったのかもしれない。
もしかして……
一瞬頭によぎった考えは深く追求せず、そのまま奥にしまい込んだ。
とりあえず今は大吾さんの待つお店に行かなきゃ。










「可愛い……!」
「うふふ、とてもお似合いですよ」
全身鏡の前で真っ赤なピンヒールのパンプスを試着すると、あまりの可愛さに思わず声が漏れてしまう。
私の斜め後ろではスーツを着た落ち着いた雰囲気の店員さんが、ニコニコしながら鏡に映っている私を見ている。
近くの椅子に座って見ていた大吾さんに「ちょっと派手すぎませんか?」と問いかけてみた。
するとニッコリ微笑んで、「凄く似合ってる」と嬉しい言葉を投げかけてくれた。
持っているお出かけ用のパンプスが結構すり減ってきたから、そろそろ新しいの欲しいなと思っていた所だ。
ちょっと派手だけど、お出かけ用だからいいかな?
でもやっぱ派手すぎるかなぁ。
でも可愛い……
全身鏡の前で色んな角度から眺めてどうしようと悩んでいると、大吾さんがいつの間にか店員さんを連れてレジの前にいて、先に会計を済ませていた。
それに気付いた私は慌てて大吾さんの元へ駆け寄る。
「えっ!? わ、私、自分で払いますから! それにまだ買うと決めた訳じゃ……」
あたふたしながら大吾さんの腕に手を添えると、「本当に似合ってるから大丈夫だ」と言って私の手を握り締めてきた。
そして手を引きながら店の外に向かって歩き出す。
「ちょっ、まだ履き替えてな……」
「履いてた靴なら俺が持ってる。そのまま新しい靴で行こう」
大吾さんの手を見ると私の履いていた靴が入っているであろう紙袋と鞄があって、あまりのスマートさに心臓がドキドキした。
「……ありがとうございます。大事にします」
そう言って大吾さんの腕に抱きつくと、彼はそんな私を見下ろして嬉しそうに微笑んだ。
思いがけないプレゼントに心が躍る。
来月はクリスマスだから、私も大吾さんに何かプレゼントしたいなぁなんて思いながら、新しい靴を履いて引き続きデートを楽しんだ。









その日の夜、そろそろ寝ようかとベッドの上でSNSチェックをしていると、突然着信画面に切り替わった。
"非通知"と出ている画面は、夜に見るとなんだかちょっと怖い。
非通知でかけてくるなんて一体誰だろう。
知り合いかもしれないと思い、念のため電話を取った。
「……もしもし」
恐る恐る電話に出ると、電話の向こうから微かに機械音のような音が聞こえてきた。
「ザザー……」
「え?」
「アイツト……ワカレロ……ジャナイト……コロス」
機械で作ったような音声でそう言うと、プツンと通話が切れた。
"あいつと別れろ。じゃないと殺す"
途切れ途切れだったけど、確かにそう聞こえた。
そしてそれを聞いてすぐに頭をよぎったのは、紛れもなく峯さんだ。
あの機械音も、盗聴器を愛用する峯さんのイメージに合っている。
「いよいよこんな手の込んだ嫌がらせをするようになったんだ……」
最初は怖かったものの、峯さんの嫌がらせだと気付いてからは怒りで怖さなんて吹き飛んだ。
なんて幼稚な人なんだろう。
しかも"殺す"なんて……いくらなんでも人としてどうなのか?
だからと言って非通知だから掛け直して怒りをぶつける事もできない。
弱みを握られてるからあまり強気な事は言えなかったけど、ここまで来たらもう我慢の限界だ。
次会う時には絶対に負けない。
下手したら訴えるレベルだ。
その日の夜はイライラのせいでなかなか寝付けず、最後に時計を見た時は既に二時を回っていた。









それから何日かすると大吾さんからデートの誘いがあって、また峯さんが私を迎えに来る事になった。
いつもなら嫌だけど、今日は違う。
この前のいたずら電話の事、絶対に許さない。
大吾さんの仕事が終わった後に会うことになっていて、仕事が休みな私はゆっくり準備をしてから峯さんが迎えに来る時間に合わせて家を出た。

「可愛い……」
歩きながら自分の足元を見て惚れ惚れしてしまう。
この間大吾さんに買ってもらった赤いパンプスはまだ傷一つなくピカピカだ。
あのあと、この真っ赤なパンプスに似合う服も新調したから早速今日のデートで着てみた。
大吾さん、何て言ってくれるかなぁ。
ウキウキしながら歩き、時折足元を見てニヤニヤしてしまう。
慌ててニヤける口元を手で押さえ、自分を落ち着かせながら峯さんが待っているコンビニの駐車場に向かった。
コンビニは歩いて十分くらいかかるから、割と距離がある。
だけど峯さんに家の前まで来られるのは嫌だった。
本当は家を知られたくなかったけど、最初に会った時に自宅も調べたとか言って住所を知られてしまっているみたいだから無意味な抵抗かもしれないけど……。

すっかり日が短くなったためコンビニへ続く道は薄暗い。
そしてこの道は人通りも少ない。
だから私はいつもここを通る時は早歩きで進む事にしている。
足早にコンビニへ向かっていると、進行方向の電柱の影から突然人が現れて、ビックリした私はビクンッと体を大きく縦に揺らした。
目の前に突如現れた人影は、帽子を被ってマスクをしている。
パッと見中肉中背で、顔はマスクと帽子の影のせいでよく見えない。
私はこの状況が何だかよくわからなかったけど、本能的に"なんかヤバイかも"と感じて後退りをした。
逃げようかと思った瞬間、男が口を開く。
「忠告したのに……アイツと会うんだね」
そう言うとその男は私の方に向かって走ってきて、覆いかぶさるように腕を広げてきた。
「ーーひッ!!」
恐怖で助けを求める声が出せてなくて、悲鳴のような小さな声が漏れる。
男から逃げようと背を向けたせいで後ろからガッシリと抱きつかれてしまい、私は口元をデカイ手で覆われてしまう。
力の限り顔を横にブンブン振って男の手から逃れようとするけど、すごい力で塞がれているから逃れられない。
後ろから抱き締められているから体も動かせず、ただ足をバタバタ動かしていた。

怖い、逃げたい、気持ち悪い、殺される

誰かに助けを求めたいのに、息さえうまくできない。
だんだん息が苦しくなってきた。
そんな時。
「痛ぇ!!」
突然後方から男の叫び声が聞こえてきて、口を塞いでいた手と、体に回された腕が解放された。
何が起きたのかわからなくてパッと後ろを見ると、男が足の甲を押さえてうずくまっている。
足をバタバタさせていたおかげで、大吾さんに買ってもらったパンプスの細長いヒールが男の足を攻撃したみたい。
――とにかく今は逃げなきゃ。
私は急いでパンプスをその場で脱ぎ、パンプスと鞄をしっかり抱き抱えながら素足のまま走り出した。









ハァ……ハァ……
とにかくあの場から逃げなくちゃと必死だったから、どの道を通ってきたのか覚えてない。
途中何回か振り返ったけど男の姿はなく、なんとか逃げ切れたみたいだ。
素足でアスファルトの上を走ったからストッキングがボロボロだし、足の裏が痛いし、男に襲われたせいで綺麗にまとめていた髪もグチャグチャになっていた。
乱れた呼吸を整えながら周りを見渡すとそこは小さな公園で。
ここは確か……家から歩いて十分くらいのところにある小さな公園だ。
仕事帰りに通らないから来た事はないけど、何となくここに公園があるという事だけは知っていた。
ふらふらとベンチに座り、カタカタ小さく震える体で大吾さんに電話をかける。
「出ないっ……出ないよぉ……」
また仕事が押しているのだろうか。
本当ならもう少しで待ち合わせの時間になるのに、大吾さんは電話に出てくれない。
今すぐ助けに来て欲しいのに、電話が繋がらないんじゃ助けを求められない。
どうしよう。
警察に電話?
えっと……
警察って何番だっけ?
恐怖と焦りで頭が混乱して訳がわからなくなっていると、開いていた携帯がパッと明るく光り、電話の着信画面になった。

0901234××××

大吾さんかと思いきや、知らない番号だ。
まさか……さっきの男?
でも私の番号を知ってる訳がない。
もしかしたら知り合い?
例え知り合いじゃなかったとしても、もう誰でもいい。
誰か助けて。
そう思いながら、知らない番号からの電話に出てみた。
「…………」
出たものの声が出ず、カタカタ手を震わせながら電話を耳に当てるしかできない。
すると、電話の向こうから男性の声が聞こえてきた。

「…………なまえさん?」

…………え?
この声は……峯さん?
「一体どれだけ待たせれば気がすむんですか? 大吾さんに頼まれたから仕方なく来てあげたのに遅れるなんて……」
「助けて!!」
被せるように助けを求めると、その一言だけで危機感を感じ取ったのか峯さんの声が真剣になった。
「今どこにいるんですか?」
「家の近くの小さな公園です。えっと……目の前にコインランドリーがあります、あと……」
何か目印になる物はないか辺りをキョロキョロしていたら、峯さんは「分かりました」とだけ言ってすぐに電話を切ってしまった。
男がここを見つけ出して来るんじゃないかと恐怖に襲われながら峯さんを待っていると、ほんの五分くらいで峯さんの派手なスポーツカーが公園の前に姿を現した。
駆け足で車に近寄ると峯さんが降りてきて、私の姿を見てグッと眉間に皺を寄せる。
「あの……私……」
「とりあえず乗ってください」
低いトーンでそう言われ、近くに寄ってきた峯さんはそっと私の背中を押して助手席まで誘導してくれた。
とにかく今すぐこの場から逃げたい。
そう思っていたのが伝わったのか、峯さんは何も言わず車を走らせて大通りまで出た。
大通りを少し走らせてから路側帯に寄り、ハザードランプをつけて車を停車させた。
「何があったんです?」
峯さんは見た事もない真剣な表情で、ボロボロな私を眺める。
「あの……突然知らない男の人に襲われて……何とか逃げたんですけど、大吾さん電話出なくて……私、どうしたらいいかわからなくて……」
相手があの峯さんとは言え、ホッとしたらしい。
話していたら段々涙が溢れてきてしまい、最後の方はうまく言葉を発せられなかった。
「これを」
涙で滲む視界に現れたのは、ブルーのストライプ模様のハンカチ。
峯さんのイメージに合う、清潔感が漂ったハンカチを戸惑いながらも受け取り、頬を伝う涙を拭った。
「その男はどんな人でしたか?」
「あの……よくわからないんです……暗くて顔がちゃんと見えなかったから……それにパニックだったし……」
「そうですか。他に何か男からの接触はありましたか?」
その時、昨日の非通知の事を思い出した。
"あいつと別れろ。じゃないと殺す"
あれは峯さんからの嫌がらせだと思い込んでいたけど、本当に峯さんだったのだろうか。
「一つ聞きたいんですけど、峯さんは何で私の番号知ってるんですか? 教えてない……ですよね」
「ああ、覚えてないですか? 以前、大吾さんが貴方の携帯から私に電話したことがあったでしょう。履歴からかけたんですよ」
「あ……」
大吾さんが携帯を忘れてデートに遅れた日だ。
峯さんと初めて会った、忘れもしないあの日。
「えっと……じゃあ、昨日の非通知って峯さんですよね?」
「昨日? 何で私が貴方に電話しなきゃならないんだ」
しらばっくれてるのかと思い何度も聞いたけど、峯さんの反応を見ていると本当に何も知らないようだ。
「だって、あいつと別れないと殺すって……」
「殺す? そんな事ふざけて言うほど馬鹿じゃないですよ。何なんですかその電話は」
て事は……もしかしてさっきの人?
冷静になってさっきの出来事を振り返ってみると、確かあの男は私に向かって「忠告したのに会うんだね」って言っていた。
"忠告したのに"
それはいつ?
もしかして、昨日の電話の事?
あの機械音はまさか……
「なまえさん」
横から峯さんの声が聞こえて、ハッと顔を上げる。
運転席の方を見ると怪訝な顔をした峯さんが私を見ていた。
「どういう事かちゃんと説明してくれますか?」
訳が分からない峯さんは少し苛立った様子でそう言い、それに応えるべく私の脳内でまとめた内容を簡潔に答えた。
「私、もしかしたらストーカーに襲われたのかもしれないです」
「ストーカー?」
状況整理ができてやっと冷静さを取り戻してきた私は、昨日の電話とさっき起きた出来事を峯さんに分かるように順に話していった。
「……それはストーカーでしょうね。今までは何もなかったんですか? 犯人に心当たりは?」
「いえ、本当に何もなくて……」
昨日電話がかかってくるまでは特に何もなくて、つけられてるとか変な電話とか全く何もなかったからまるで検討がつかなかった。
まさか自分がストーカー被害に合うなんて。
峯さんと話していると手に持っていた携帯が震えだし、びっくりした私は思わず携帯を落としてしまいそうになる。
何とか手の内に留めて画面を見ると、大吾さんからの着信だった。
「大吾さんだ!」
やっと来た大吾さんからの電話に出ようと通話ボタンに指を持って行ったら、それを阻むかのように峯さんの手が私の手首を掴んだ。
「え……、峯さん?」
「会長には話さなくていい。この事を知って心配で仕事に手がつかなくなっても困ります。この事は私が全部片付けるので、今日は体調が悪いとでも言って断ってください」
いきなり大吾さんを"会長"呼ばわりするものだから、何だか変な感じがしてしまう。
「で、でも……」
「いいから早く断ってください。会ったところで貴方の見た目と態度で何かがあったのだとバレてしまう。それに電話に出られないと何かあったのかと思われるでしょう」
峯さんの真剣な表情に圧倒されたのもあるけど、私もそれに関しては納得だった。
大吾さんの重荷にはなりたくない。
峯さんが全部片付けると言ってくれているのだから、ここは頼るしかないのかもしれない。
「……わかりました」
そう言うと峯さんは掴んでいた手をやっと離してくれて、解放された手ですぐに大吾さんからの電話に出た。
声が震えないよう、必死に自分を落ち着かせて。

「……はい、すみません……。はい、また連絡します。……はい、おやすみなさい」
通話終了して携帯を膝の上に置き、大きな溜息を吐いた。
また嘘をついてしまった。
電話に出られなかった事、約束の時間に間に合わなかった事、それらを何度も何度も謝られたけど私はちっとも怒ってなんかいない。
結局は私から今日のデートをキャンセルする事になってしまい、また嘘をついてしまったことに酷く罪悪感を感じていた。
「……本当に峯さんが解決してくれるんですか?」
運転席の方へ顔を向けると、窓を少し開けてタバコを吸っていた峯さんが「ええ」と短く言った。
窓の隙間から煙を吐き出した後、短くなってきたタバコを灰皿に押し付けて助手席の方へ体を向けた。
「犯人は今頃、貴方に逃げられた事で怒り狂ってるでしょうね。住所が特定されているから、また貴方に会いに家まで来るでしょう」
そう言われ、さっきの出来事が蘇ってきた私の顔はどんどん体温が下がっていく感覚に襲われた。
再び体は震え上がり、カタカタ震える顎を抑えるために下唇を噛む。
次会ったらその時は本当に……
そう考えたら恐怖でおかしくなりそうだ。
「とにかく今日は家に帰らない方がいい」
「そんな事言っても……」
大吾さんには頼れないし、実家は遠いし、家に帰れないんじゃあ私はどうすればいいの?
友達に頼るしかないかもしれない。
東京に一人暮らししている友達に電話をしてみようか。
そう考えていると突然車のエンジンがかかりだした。
「私の家に行きましょう」
「…………えぇ?!」
あまりにも驚きすぎて思わず大きな声が出てしまう。
予想外の提案に頭がついていかない。
「別に何もしませんよ」
「そ、そういう問題じゃ……」
降りる間も無く車は走り始め、大通りに出てどんどんスピードを上げていく。
これじゃあ逃げ道なんかない。
助手席でテンパる私に峯さんは見向きもせず、ただ前を向いて運転をしている。
「……あの……さすがに峯さんの家はちょっと……」
「すぐ着きますよ」
どうやら峯さんの家に行くしか道はないらしい。
家に着くまでの間めげずに何度も声をかけたけど最後の方は無視されてしまい、峯さんの言う通り私たちを乗せた車はあっという間にマンションの駐車場へ入っていった。





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