1. The worst

腕時計を見ると約束の時間から三十分が経過した。
私は今、神室町の夜景が見渡せる高層ビルのバーの窓際で一人カクテルを飲んでいる。
「どうしたのかな……」
周りに聞こえない小さな声で独り言を言いながら携帯の画面をチェックしても、アプリのお知らせ画面が出るだけだった。
多分、一分おきくらいにチェックしてる。
あの大吾さんが連絡なしにキャンセルするはずがないから何かあったのかもしれない。
色々考えて不安になっていると、後ろから小走りして来る足音が聞こえた。
「なまえ、遅れてすまない」
大吾さんは少し息を切らしながら私の隣に座った。
「大丈夫ですか? 連絡がないから何かあったのかと心配しちゃいました」
「時間に遅れそうで焦っていたから携帯を事務所に忘れてしまったんだ。取りに行く時間もなかったからそのまま向かっていたらこんな時間に……本当に悪かった」
「そうだったんですね。それなら安心しました」
ニコッと大吾さんの顔を見ると申し訳なさそうな顔で「いつも謝ってばかりだな俺は」と落ち込んだような声色で言った。
今日はなんと一カ月ぶりのデートで。
大吾さんに会えない時間は長くて長くて、こんなにも長い一カ月は生まれて初めてだった。
抗争があったとかでニュースにもなっていたけど一般人の私にはよくわからないし、大吾さんはあまりお仕事の話を私にしてくれないから聞かないようにしてる。
でもそれが落ち着いたからやっと会えるって昨日突然連絡が来て、昨夜はなかなか寝付けなかった。
「……会いたかったです」
照れながら小さめな声で言うと、大吾さんも「俺もだ」と言って肩を抱き寄せて来た。
周りに人がいるし恥ずかしいけど、今はそれ以上に大吾さんに触れていたい。
午後十時
夜はまだまだこれから。









一時間くらいお酒を楽しんだあと、大吾さんのお家に行くことになった。
大吾さんは席を立ち上がる前に「ちょっと電話借りてもいいか?」と言ってきたから、画面のロックを解除してから携帯を貸してあげた。
誰に電話するんだろう。
キーボードに番号を打ち込んで耳に当てると、電話の相手はすぐに出たようだ。
「俺だ、大吾だ。携帯を事務所に忘れてしまってな、人のを借りてるんだ。……ああ、後で履歴は消しておいてくれ。それから待たせてすまないな。今から来てもらえるか?……そうか、じゃあ今から下に行く」
誰かが迎えにきてくれるらしく、大吾さんは私の手を引いて「行くか」とエレベーターの方へ向かった。

ビルのエントランスを出ると黒塗りの高級車が一台止まっていて、その前にスラッと背の高い男性が立っていた。
「峯、待たせて悪かったな」
大吾さんが呼びかけると背の高い男性がこちらを向いて頭を下げた。
近くに立ってみたら男性と大吾さんは同じくらいの身長だったけど、二人の放つオーラは対照的に感じた。
男性は髪を綺麗に後ろへ撫で付けており、肌が白くヒゲがしっかり剃られていて、パッと見で男性と分かるのにもかかわらず何故か男臭さを感じさせない。
キッチリとスーツを着こなす目の前の峯さんと言う人はとても礼儀正しいけど、何だか少し怖い。
「いえ。そちらがみょうじなまえさんですね。どうぞこちらへ」
そう言うと後部座席のドアを開いてまた頭を下げた。
「すみません……ありがとうございます」
私もお辞儀をして後部座席に乗り込んだ。
私に続いて大吾さんも後部座席へ乗り込み、「自宅まで頼む」とドアの向こうに向かって笑顔を投げかける。
峯さんは「かしこまりました」とドアをそっと閉めてくれて、運転席と後部座席は切り離されているから完全な個室になった。
後ろには濃いスモークが貼られており、両サイドの窓には黒いカーテンがかかっている。
「なんか……凄いですね」
いかにもな雰囲気だなぁ、なんて思ったけど、それは口に出さず飲み込んだ。
「完全とは言えないが防音にもなってるんだ。だから多少の音なら外には聞こえない」
「へぇ……防音……」
"防音"と聞いた私はそれの必要性に疑問を感じたけど、まぁいいか。
初めて見たこの空間に興味を惹かれてキョロキョロ車内を見渡していたら、車が少しだけ揺れてエンジン音がわずかに聞こえて来た。
発車したようだ。
「ちょっと狭いけど、やっと二人きりになれたな」
大吾さんは微笑みながらそう言うと、私の肩を抱き寄せてそっとキスをしてきた。
唇と唇が触れ合うとすぐに舌が割り入ってきたからビックリしたけど、久しぶりのキスに嬉しい私は応えるようにすぐ舌を絡める。
唇が離れて一瞬見つめあったかと思えばすぐにまた深い口づけを交わす。
お互いの会いたかった気持ちが爆発してしまい、言葉を交わす事なくひたすらキスに没頭した。
段々お互いの息が上がってきた頃、大吾さんの手がいつの間にか私の太もも辺りをいやらしい手付きで撫で回している。
そして顔が離れたかと思ったら今度は私の耳元から首元へとどんどんキスが降りてきて、太ももを触っていた手がついに胸に移動してきてしまった。
服の上から揉まれると「んっ」と声が漏れちゃったけど、すかさず手で口を塞ぐ。
「だ、大吾さん……これ以上はちょっと……」
胸を揉む手を止めない大吾さんを見たけど私を気にかける様子は全くなく、そのままの勢いでブラウスのボタンを外し始めた。
「ままま待ってください! こんなとこで……んっ」
焦って止めようとしたらキスで塞がれてしまう。
「さっき言っただろ? 防音になってるから多少の声は聞こえないって」
そのままブラウスのボタンを半分ほど外し、中から姿を現したブラジャーを横にずらして直に膨らみを触ってきた。
「はぁっ、」
一瞬吐息が漏れたものの何とか声はグッと堪えた……けど、胸を触られただけで一気に体が熱っぽくなってしまい、気持ちが高ぶってきた。
「すぐに着くだろうが……待ちきれない」
更に私を触る大吾さんの手の動きが激しくなり、抵抗しても全然許してくれない。
「ダメです……ん、やっ、やめて……あっ……」
あと少しで着くのに、大吾さんを止めなきゃって気持ちがどんどん快感に飲まれていく。
胸を触っていた手が太ももに降りて来たと思ったら、その手はついにスカートの中へ侵入してきた。
さすがにマズイと思って止めようとしたけど間に合わず。
太くてゴツゴツした指が既に濡れていた秘部の突起を下着越しに刺激した。
たったそれだけなのに電気が走ったかのように体を大きく震わせると、大吾さんは「やっぱ体は正直だな」と笑みを浮かべながら下着の隙間から指を差し込んだ。
ぬるりとした感触が割れ目を這う。
「やだっ、お願いっ……します……やめてっ」
大吾さんの肩を掴んで押し返そうとしても微動だにしない。
指がどんどん奥に進んでいく。
ある程度奥まで進むと、今度はそれをゆっくり出し入れしてきた。
「……んぁ……んん」
口元に手の甲を押し当てて声を押し殺すも、大吾さんの手によって口元が解放されてしまった。
「我慢しなくていい」
「そんな事っ……んっ、できな、です……」
出し入れする指が激しさを増す。
「やだぁっ、だ、大吾さんっ!」
車内には卑猥な音と、私の乱れた声が響いている。
本当に防音なのだろうか。
運転席にいる峯さんに聞こえていたら……
「こんなとこ、で、だめっ……」
「俺が良いって言ってるんだから良いんだよ。そろそろイクか?」
激しい快感に体はガクガクし、大吾さんの肩を掴んでいる手に力が入る。
「あっ……も……もう、だめっ……!」
いよいよ耐えられず、ビクンビクンッと激しく痙攣して大吾さんにしがみつきながら果ててしまった。









コンコンッ
ドアの向こうからドアを軽く叩く音が聞こえてきて、乱れた服を慌てて直す。
変なところはないかもう一度確認してから大吾さんにドアを開けてもらうと、さっきと変わらず涼しい顔をしている峯さんがドアの外で待っていた。
「お待たせしました。どうぞ」
大吾さんは防音になっていると言っていたけど、本当に聞こえてないのだろうか。
万が一防音じゃなかったとして、エンジン音や外の音とかでかき消されていたかもしれないけど、もし聞こえていたらと思うと恥ずかしくて峯さんの顔を見られない。
降車したら大吾さんに峯さんが耳打ちをして、今度は携帯を手渡した。
「なまえ、悪いがちょっと電話に出てくる。峯、なまえを先に部屋に案内しててくれ」
峯さんにそう伝えると大吾さんは私達から離れてエントランス横で電話に出てしまった。
この人と部屋まで二人かぁ……。
気まずいけど峯さんの方をチラッと見ると彼は何も気にした様子はなかったから少しだけホッとした。
「では、行きましょう」
峯さんは目を合わせない私をエレベーターの方へ案内してくれた。









大吾さんの部屋は高層階だから、エレベーターが一階に来るまで長く感じた。
エレベーターが来ると峯さんは「どうぞ」と丁寧に私を誘導してくれて、ガラス張りで眺めの良い窓側に身を寄せた。
峯さんは開閉ボタンの前に立ち、エレベーターのドアを閉めて姿勢の良い背中を私に向けている。
喋る事ないけど沈黙も気まずいなぁ……。
そう考えていると峯さんがフッと小さく息を吹き出し、あっさりと沈黙は破られた。
「……どうしたんですか?」
何がおかしいんだろうと不思議になって疑問をぶつけると、口元に笑みを浮かべた峯さんが私のいる方へ体を傾けた。
さっきまでの涼しい顔が歪んでいる。
「大吾さんが随分惚れ込んでいるからどんな女性かと思いきや……地味で下品な女だとはな」
「…………!?」
これが初対面の人に対して言う事だろうか。
あまりにも唐突にそんなことを言われて怒りを覚えたけど、最後の"下品"というワードに少し引っかかった。
まさか、違うよね。
「……あなたにそこまで言われる筋合いはないですけど」
キッと峯さんを睨みつけると、峯さんは嫌味を含んだ溜息をついて呆れ顔でこっちを見てきた。
「車内であんな事しておいて……よくそんな事が言えたもんだ」
それを言われた瞬間、まさかと思っていた事が確信に変わってしまう。
――聞かれてた。
顔の温度が急上昇し、まともに峯さんの顔が見られなくなってしまった。
大吾さん、嘘をついたの?
防音って言えばああいう事をするのを私が許すと思って……
「あの車は防音になってると聞きましたけど……」
恐る恐る聞いてみるも、峯さんはすんなり「防音ですよ」と返事をした。
するとポケットから小さい機械を取り出して私に見せつけ、彼はカチッと小さな音を立ててボタンを押した。
砂嵐のような音がエレベーター内に響く。
ザザーー……
『こんなとこで、だめっ、あっ』
『俺が良いって言ってるんだから良いんだよ。そろそろイクか?』
「やめて!!」
思わず耳を塞いで叫んだ。
信じられない。
峯さんの持っている機械はなんと盗聴器で、さっきの車内での音声が録音されていたのだ。
叫んだ後にその機械を取り上げようとするも安易に避けられてしまい、未だにエレベーターの中は私の卑猥な声が響き渡っている。
「お願いっ……、やめて!!」
涙目になりながら力強く悲願すると、やっとその音声はエレベーター内から姿を消した。
「盗聴するなんて……最低です。犯罪……ですよ」
恥ずかしさのあまり今にも涙が零れ落ちそうだった。
だけど精一杯の対抗心で、目の前の犯罪者を睨みつける。
「犯罪……? ハッ、笑わせてくれますね。私たちヤクザに向かって"犯罪"とは」
――そうだ。
ヤクザが犯罪を犯すなんて日常茶飯事の事。
我ながらバカな発言してしまった、と激しく後悔をした。
そんな事より、盗聴する理由がわからない。
面白おかしく聞きたいだけならわざわざ私の前で再生なんてしないだろう。
私は知らぬ間に彼から何か恨みを買っていたのだろうか?
今日初めて会ったはずだけど……。
「……あなたの目的はなんですか?」
脳内で必死になって盗聴された原因を考えてみるも答えは出ず、そう問いかけるとエレベーターが少しだけ揺れて大吾さんの部屋がある階で止まった。
「どうぞ」
さっきの最悪な態度とは裏腹にエレベーターが到着してからのエスコートは気持ち悪いほどに丁寧で、その態度になんだか訳がわからなくなってくる。
言われた通り先にエレベーターを出ると峯さんも後から出てきて、先程投げかけた質問に回答し始めた。
「貴方の事は調べさせてもらいました」
ゆっくり歩きながら話すものだから、私は一定の処理を保ちながら彼の後を追う。
「19××年生まれで、東京生まれ東京育ち。職業は神室町の中小企業で事務をしており、自宅は……」
「もういいです!」
声を荒げて峯さんを遮った。
なんなんだろうこの人。
怖い。
小さく体を震わせながら身を退き、いつでも逃げられるようにエレベーターの方へ体を向けた。
「大吾さんは東城会のトップに立つ人間だが少しお人好しすぎる所があるんでね。変な虫が寄り付かない様に大吾さんに近付く人間は私がチェックさせてもらってます」
……チェック……?
「な、何それ……。その事大吾さんは知ってるんですか?」
「知る必要はありません」
キッパリ言い切る峯さんはあまりにも堂々としていて、私の感覚がおかしいのかとさえ思えてくる。
「貴方がスパイとも考えられる。まぁ……そんな大それた事ができるとは思えませんが」
私は随分と馬鹿にされているらしい。
恥ずかしいとか怖いとかいう気持ちよりも、段々と怒りの感情の方が強まってきた。
「私が大吾さんにこの事を話さないとでも思ってるんですか?」
強気に言うと彼は怯む事なく真っ直ぐこっちを見ている。
「ええ」
「ど、どこからその自信が……」
「大学時代に風俗で働いていたそうですね?」
その言葉を聞いて固まった。
なんで峯さんがそれを……。
「なんでその事をって顔をしてますね」
腕を組みながら、厭らしくクスリと笑う。
「そんなの簡単に調べられるんですよ。あなたが大吾さんに話せば……どうなるか分かりますね?」

――やられた。
大吾さんには絶対知られたくない。
あれは大学生時代。お金が欲しいと思っていた時に友達から『短時間で簡単に稼げるよ〜』と誘われ、怪しいなと思いながらもついお金欲しさについて行ってしまった。
連れて行かれたのは表向きはお触り禁止だけど、実際は規則が緩くてやりたい放題のキャバクラだった。
最初は我慢してたけど、だんだん露骨に胸や太ももを触られてしまいにはキスもされそうになり、あまりの気持ち悪さで数時間で店を辞めた。
だからと言ってたった一日でも働いたのは事実だし、お金欲しさについて行った馬鹿な私を大吾さんには知られたくない。

「大吾さんは自分の身を売って稼ぐ様な女は好きじゃないとたまに漏らしますよ」
……私も聞いたことある。
だからこそ絶対に隠したかった。
なのにそれをこんな男に知られるなんて。
「まぁ、これでお分かりいただけたでしょう。貴方みたいな人は大吾さんの恋人に相応しくない。ですが別れろとまでは言いませんよ。関係を続けるのでしたらそれなりの覚悟を持ってもらいます」
何も言い返せないでいると、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。
電話を終えた大吾さんが戻ってきた様だ。
「なまえ、待たせて悪かった。部屋に入ってくれてて良かったんだが……。峯、今日はありがとな」
大吾さんは持っていた峯さんの携帯を返すと、肩に軽く手を乗せた。
「いえ。それでは私はこれで」
峯さんは浅く頭を下げるとそれだけ言い、何事も無かったかのようにエレベーターの方へ行ってしまった。
私の方を一度も見る事なく。

「なまえ?」
衝撃的な出来事があったというのに仕掛けた張本人はアッサリ目の前から姿を消してしまい、呆気に取られていた私はボーッと峯さんが乗り込んだエレベーターの方を眺めていた。
「あっ、いえ……何でもないです。本当にこのマンションは広くて綺麗だな〜と見惚れてました」
安心させようと笑顔で大吾さんの方を見ると大吾さんも笑い返してくれた。
「さ、入ろう」
大吾さんは私の手を包み込み、手を引いてお家の中へ招き入れた。





ーーあの衝撃的な出来事から一カ月。
何事もなく順調に大吾さんとの交際は続いている。
でも峯さんがあの事を大吾さんに話してしまうんじゃないかという不安は消えず、大吾さんに会う度に何か言われるんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。
あれから一度も、峯さんには会っていない。









「ネックレスを忘れた?」
「はい。探したんですけどなくて、この前大吾さんのお家に行った時にどこかに置き忘れたのかなと思って……」
「悪い、全然気付かなかった……」
実は忘れたなんて嘘。
会える口実になるかなと思ってわざと置いてきてしまった。
我ながら計算高い女だなと思ったけど、好きな人に会いたいんだから仕方がない。
きっと世の中には他にも同じ様な人がたくさんいる筈、と言い聞かせて自分を保っていた。
「返したいのは山々なんだが、今日はこれから大阪に行かなくちゃいけなくてな……しかも帰ってくるのは三日後になりそうなんだ」
「み、三日後?」
うわー、なんて最悪なタイミング。
「そう……なんですね」
最低でも三日は絶対大吾さんに会えないという事が確定。
ネックレスを取りに行く口実を作れば今夜辺り少しでもいいから会えるかな、なんて期待してたから、ガッカリ具合が半端じゃなかった。
「あ、そしたら管理人になまえを部屋に通していいとうまく伝えておくから勝手に入っていいぞ。返すの遅くなるのは申し訳ないからな」
大吾さんはきっと、私が早くネックレスを返して欲しくてガッカリしてるのだと思ってるんだろう。
善意で言ってくれてる感じが伝わってくる。
だからこそその提案を断るわけにもいかず、結局私は今夜一人で大吾さんのマンションにネックレスを取りに行く事となった。









部屋に着いてまずテーブルの上に目をやると、私の置いていったネックレスがその時のまんま置いてあった。
飲み終わった缶コーヒーや新聞、タバコの吸殻がたくさん積まれた灰皿など、生活感たっぷりの物たちがテーブルの上に乱雑に置かれている。
テーブルの前にある大きなソファには、今朝脱いだのであろうパジャマがかけてあった。
何日か前からテーブルの上に置いてあるネックレスの存在に気付かないなんて、かなり忙しいし疲れてるんだろうなぁ。
きっと帰ってきてもお風呂に入って寝るだけのような生活なんだと思う。
そう思うとわざとネックレスを置いてきた自分の行動が愚かに感じてきた。
「はぁ……会いたいな……」
大吾さんがいない部屋に一人なんて寂しさが倍増だ。
来なければ良かった。
会いたいなら会いたいってちゃんと直接伝えればいいのに、何やってるんだろう。

ぐずぐずしてても仕方ないしやめようと気持ちを切り替え、大吾さんがいないのをいい事に部屋の中をウロウロしながら観察をして始めた。
リビングを出て寝室にそっと足を踏み入れると、カーテンがしまって薄暗い中に一人では広すぎる大きなベッドが佇んでいた。
少しくらい乗ってもいいよね、なんて思った私はゴロンとベッドに寝転がった。
横になって考え事をしていたら、ふかふかのマットレスが心地良くて少し眠くなってきた。
今日は休みで何もないしちょっとだけゆっくりさせてもらおっと。
携帯をいじったり、ボーッと天井を見たり、大して何もしていないのに時間が過ぎていく。
そろそろ行こうかなと思って身を起こすと、ベッドの片隅に小さな袋が落ちてるのに気付いた。
「あっ」
それは、この前した時に使った避妊具の空の袋だった。
「もうっ、ちゃんと捨ててくれればいいのに。誰が見るわけじゃないけど……」
ベッドの横に設置されている小さなゴミ箱にそれを捨てて再びベッドに横になると、その時のことを思い出してなんだかムラムラしてきてしまった。
何日か前にしたのに、私ってもしかしたら欲求不満なのかな。
前に途中までとは言え車の中でもしちゃったし……と言うかあれは私からじゃなくて、大吾さんがちょっと強引だったからいけないんだけど。
そう自分に言い訳しつつ、一度考え出すとどんどん気持ちが止まらなくなってきた。
そういえば今日から三日くらい大阪だって言ってたよね。
て事は今頃大阪にいるから、今日は絶対帰って来ない……。
心の片隅で"こんなところで駄目だよ"と天使の囁きが聞こえた気がしたけど、私は我慢できなくなってスカートの中に手を入れた。





「ん……」
私、何してるんだろう……
大吾さんがいない部屋で一人で……
そんな事考えながらも、自分を虐める指先は止まらない。
「はぁっ……だい、ごさんっ……」
愛しの彼の名前を呟いて上り詰めそうになったその時、
ガチャリ……
私は咄嗟に掛け布団で自分の体を隠して、勢い良くドアの方へ視線を向けた。
その視線の先にはもう二度と見たくなかったあの峯さんが立っていて、言い訳ができないくらいにバッチリこちらを見ていた。
「なん、で……?」
何で大吾さんの家に峯さんが?
しかも、最悪のタイミング。
夢中になっちゃっていたのか全然音が聞こえなかった。
もしかして……最初から全部見られていたの?
「私には構わずどうぞ続けてください」
平然とした様子で部屋に入ってくると、ベッドの隣にある小さいテーブルに向かって歩き出した。
やっぱり、見られていた。
もう溶けてしまうんじゃないかというくらいに顔が真っ赤になって、どうしたらいいか分からない私は掛け布団で覆われた膝元に顔を埋めた。
峯さんの足音がテーブルの前で数秒立ち止まったと思いきや、今度はこっちに向かって歩いてくる音が耳に届いた。
「来ないで!」
布団に顔を埋めたまま声を荒げ、すぐ近くにいるであろう峯さんから僅かに身を引いた。
「……先に言っておきますが、大吾さんにこのファイルを郵送する様頼まれてここに来ただけです。あなたを尾行したとか盗聴したとかではありませんよ」
それを聞いて少しホッとはしたけど、さっきのあれを見られていたのには間違いない。
前回に引き続き、またこの男に恥ずかしい場面を見られてしまった。
私は何でこんな最悪な事を経験しなきゃならないんだろう。
恥ずかしさとショックで私は何も発する事ができない。
すると峯さんがその沈黙を破った。
「貴方は本当に下品な人だ。人の家で自慰するなんてよほど欲求不満なんでしょうね」
「…………」
もうお願いだから何も言わないでほしい。
確かに私は大吾さんがいない時に、大吾さんのベッドで自慰をした。
したけども、それは別に悪い事ではない。
見せたくて見せた訳じゃないし、峯さんに責められる意味がわからない。
頭でそんな事を考えながら自分を正当化させていると、峯さんがベッドに腰をかけて私のすぐ近くに座ってきて、驚いて顔を上げた私は咄嗟に身を引いた。
「やっ! こっちに来ないで下さい!」
とはいえ布団の下では着衣が乱れているからうまく動けず、言葉で拒否するしかできない。
「まだイッてないでしょう?手伝ってあげましょうか」
「なっ……!」
信じられない言葉を吐いた峯さんは私の体に被っていた布団を無理やり剥ぎ取り、更に距離を縮めてきた。
「やだ! 何するんですか!? 大声出しますよ!?」
近づいてくる峯さんの腕を強く掴んで押し返すも、全然ビクともしない。
ただただ愉しそうに笑みを浮かべている。
「大声出したところで誰も来ませんよ。そんな事より、イキたくて仕方ないのでは?」
「な、何言ってるんですかっ!!」
スカートは履いたままだったけど下着は脱いでベッドの片隅に置いてしまっていたから、足を強く閉じて胸元は両手で隠し身を守る。
ベッドの片隅まで後退りして逃げたはいいものの、峯さんはどんどん距離を詰めて壁際に追いやられてしまった。
そしてついに私の両足を掴み、惜しげも無く無理矢理開かせてきた。
「やだっ! やめてっ!」
男の人の力には全く敵わなくて、いとも簡単に秘部を晒すことになってしまった。
大吾さんの部下である立場の峯さんに。
「こんなに濡らして……本当にいやらしい人だ」
そう言うと峯さんはまじまじと秘部を眺め、濡れたそこを指で触ってきた。
身体がビクンッと跳ねる。
「やっ……! やだぁっ」
イく直前だった秘部は気持ちとは裏腹にいとも容易く峯さんの指を飲み込んでしまう。
「体は拒否できてないな」
ニヤリと笑いながら言うと、わざとらしくぴちゃぴちゃ音を立てながら指を出し入れしてきた。
「……こん、なの……強姦、ですよ……!」
涙目になりながら目の前にある憎らしい峯さんの顔を睨みつける。
「フッ、まだ余裕がある様だ」
指が抜かれたと思ったら今度は敏感な突起を指先で刺激してきた。
「んあッッ!」
絶対に声を出したくなかったのに。
そこをそんな風に触られたらもう無理だ。
言動は最低なのに秘部を弄る指先だけはすごく丁寧で、女性を知り尽くしているのか常に良い所を攻めてくる。
「やだっ、やだぁ……お願い、やめて……!」
泣きながら頼んでも少しも止まる事はない。
むしろ激しさが増してしまう。
「大吾さんにされてると考えながらイッたらどうですか」
"大吾さん"と聞いた瞬間、罪悪感に押しつぶされそうになった。
部下が自分の彼女にこんな事してるなんて知ったら大吾さんはどうするのだろうか?
峯さんはこの間『変な虫がつかない様に大吾さんに近付く者はチェックしてる』とか言ってたけど、峯さん自身が一番イかれてるんじゃないかと思った。
「頭……おかしいんじゃ、ないですか?……う、ん……あっ」
峯さんは突起を集中的に攻めてくるから、体がビクビク反応してしまうのをどう足掻いても止められない。
「なまえさんはクリトリスがお好きなんですね」
そう耳元で言うのと同時に指先の動きが加速して、私はついに限界に達してしまった。






「貴方のこんな姿、大吾さんが見たら何て言うでしょうね」
達して脱力している私を横目に峯さんはベッドから降りて、ポケットから取り出したハンカチで濡れた指先を拭った。
冷静になった私は何も言い返せない。
「まぁ、まず私が殴られるでしょうけど」
フッと笑い、ベッドの横に立って私を見下ろしている。
この人は何で上司の恋人にこんな酷い事をするんだろう。
訳がわからない。
落ち着いてきた体を起こし、偉そうに私の前に立っている峯さんを睨みつけるようにして見上げた。
「峯さんは大吾さんの兄弟分だってこの前聞きましたけど……何でこんな事するんですか? 大吾さんの事、裏切る行為ですよ」
「…………」
すぐ嫌味ったらしく言い返してくるのかと思いきや数秒間沈黙が続き、予想外の反応に驚いてしまった。
この人、無自覚であんな事をしたのだろうか?
すると黙っていた峯さんが口を開く。
「貴方を見ていると虫唾が走る」
「なっ……!」
口を開いたかと思いきや、かなり酷い事をサラッと言われたしまった。
さすがに開いた口が塞がらない。
「言っときますけど……私、峯さんに何もしてないですよね? この間初めて顔を合わせたばかりだし、今日だって会っちゃったのはたまたまだし。私からは挨拶ぐらいしかしてないのに虫唾が走るなんて言われる筋合いありません。私だってあなたの事を見ると虫唾が走りますよ、強姦まがいな事されて……本当に最低」
話しているうちに段々怒りがこみ上げてきて、最終的に腹が立ちすぎて涙が出てきそうになってしまった。
顎を震わせながら涙目で力強く目の前の男性を見ると、彼も同じように私の事を睨みつけながらこっちへ近づいて来た。
まさか……殴られる?
今更だけど、よく考えたら男女が密室で二人きりで、しかも私はこんな状態だ。
何されるかわからない。
怒りに任せて強気な発言をした事を後悔しかけていると、ベッドの上に置いてあったファイルを手に取ってドアの方へ歩いて行った。
ドアの前に来るとピタリと足を止めて、驚いた顔をしている私の方へ視線を寄越した。
「前言撤回します。やっぱり大吾さんと別れてくれますか? 貴方みたいな女を将来"姐さん"と呼ぶ日が来るかもしれないと思うとゾッとします」
「あ、姐さん……?」
姐さんって確か、ヤクザの偉い人の妻って事だよね?
そんなの、一度も考えた事なかった。
まだ付き合ってそんなに経っていないし、大吾さんは私にあまり仕事の事を話してくれないから正直本当にヤクザなのか?というレベルの状態だ。
「とにかく、これ以上大吾さんに纏わり付くようならこっちも黙っていませんよ」
そう吐き捨てて峯さんが部屋から出て行こうとしたから、思わず彼の背中に向かって叫んでしまった。
「私、絶対に大吾さんと別れませんから!!」






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