イブニング・エメラルド | ナノ


▼ 03.日の出

 見ていた夢を追いかけきれずに、ぼんやりと現実に舞い戻ってきた。今しがた追っていたはずなのに、既にその夢の内容すらも、あやふやだった。冷えてこそいなかったものの、身体が痛い。身をよじると、それがすぐにとれる痛みでないことを悟った。硬いところでなんて、寝るもんじゃない。
 目をこする。今、何時だ。ポケットに手をかけてから、思う。ああ、そういえば何もなかった。ここはエスタード島で、財布以外持っていなくて、赤の台座の間で。眠っていたのだ。ゆっくりと身体を起こすと脳の芯が揺れるような不快感が襲った。
(何時だかわかんないんじゃ、どうしようもないよなあ)
 およそでも知れたら、と思うが、しかし手はない。腕時計などを着用する習慣もなかったし。そこそこに使いもせず、動かなくなってしまってから放置していた青い腕時計を思い出す。アクセサリースタンドにひっかけたまま。あの腕時計の元に、もう持ち主は帰れないかもしれない。
 ぼんやりと宙を見つめながら、いっそここでもうアルスらに出会えたらいいと思った。勢い任せでなんとかなるだろう。ここに、赤の石版を填めに訪れるということは、ウッドパルナは現代に出現したということになる。それならば、ウッドパルナ出身ということで、話を通せばいいだろう。そうなればもう、異国者がまぎれていたっておかしくないのだから。
 そんなことを考えながら、同時にうつらうつらしながら、暫くそこから動かなかった。動きたくなかったのか、待っていたのか。どちらかと言われればわからない。恐らく両方、だ。
 どのみち、異国者でひとり者。否が応でもそういうことになる。つまり、生きていく術を見つけなければならない。てのひらを、開いたり、握ったり。意味もなく繰り返す。
 ウッドパルナ出現で恐らくあわてふためくグランエスタードの上層部。生活していけません、保護をくださいと少し現代的なことを求めてみたって、では故郷へ送り返してやろう、といった対応になるのは容易に想像できた。自国で保護するメリットも、体制もないのだ。そもそも俺の居たところだって、外国人の保護なんかなかったんじゃないか。知らないけど。近隣で、船も出せない事はない。そのうち、交流が盛んになり定期便なんかが出たりするのだろうか。
 どうしてこうもくだらないことばかり考えるのだろう。他にやることがない。少し埃っぽいこの部屋で、ただ、ただぼんやりと。
 ポケットから財布を取り出して、中身を確認してみる。カード類がいくつか、それと、1000円のお札が4枚。小銭少々。これを、どうすればいい? 思いつかないので、元通り仕舞っておくことにした。相応の価値にはならないだろうから、いや、うまいこと使えれば、わからないけれど。
 開いたてのひら、指折り数える。帰宅したのが5時、此方に来たのが……夕方。それから眠って……いくらか。やっぱり考えるだけ無駄だった。
 結局、いくら時間が経ったのかもわからない、自然光の入らない空間にずっと居るのもどうかと思い、重い腰をあげた。此処から出よう。あの旅の扉をくぐるか、ずっとずっと遠回りをして自分の足で此処から出るか。どちらも嫌で仕方がなかった。リメイクでこの地下が簡略化された事実、必要だったかなあと思う。本来はあまり肯定的ではなかったけれど、歩く側からしたら、とんでもない苦労だ。この時点でいっそリメイクに飛びたかったと思っている自分がいる。
 その二択に迷い、どかっと壁にもたれる。ずるずると落ちていきたかったが、そうしてしまえば根が生えて今度こそ飢える寸前まで動くことができなくなりそうな気がして、またぼうっと宙を見る。
(……仕方ない、歩くか)
 短縮のネックはただひとつ、旅の扉だけだ。あれを通ると今度こそどうにかなってしまいそうで、長い長い道のりを歩く方を選ぶくらいには、気が重い。
(とは言え、歩くのも結構だるいよなあ)
 どうしてこんなことになったのか。こんな少々の時間で誰ぞやへの恨みつらみが晴れるほど能天気でも出来てもいない。ぐるぐると苛立ちと不安と焦りをかき混ぜて消化できない。
(考えるなって、とにかく、歩け)
 両手で頬をばちんと挟む。痛い。ああ、くそったれ。何だっていい、とりあえず此処から、出るんだ。


 神殿を出、陽の光を目にした。多分、これは、日の出。明け方だ。ここまでえらく歩いたは歩いたが、夕方が明け方になったのだ。相当の時間、眠りこけていたらしい。
 それにしても、腹が減ってしまって仕方がなかった。元よりそんなに食べる方でもないが、それでも男子高校生だ。食欲旺盛な時期に変わりはない。空腹が紛れる訳もなく、そして端から期待もなく腹をさすって、ため息をついた。
 ゆっくりとした足どりで、フィッシュベルへ向かう。森を抜ければ、さっぱりとした朝が俺を迎えた。
 軋む身体にからっぽの胃。なんとかしなければ。いっそ、フィッシュベルに堂々と入ってみればいい。なんとか、なるだろう。というか、どうにでもなれ、が正しい。
 村の入り口に差し掛かった時、話し声が聞こえた。姿を目視する前に、そっと隠れた。女性らのものだ。こっそり聞き耳を立てる。……どうやら、ウッドパルナは現世に出現したらしい。大きくため息をついた。これで、俺もようやく存在しても、表面上違和のない存在になれるのだ。こそこそしないで済むのだ。肩の荷が、半分くらいおりたような気がした。短い間だったけれど、えらい目をみたものだ。悪さもしてないっていうのに。もう二度と、人目についてはならないような状況には陥りたくない。
 さて、確信を得たところで、これからどうしたものか。軽く下唇を噛んで考える。
 勿論フィッシュベルには突入してやる。その先、いくつか案はあるのだけれど、どうにも遠くには繋がらない。無理もないと思う。一番の安牌は、どれだ。

20171108

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