武田の屋敷に邪魔してから、二日目。
俺はどうしたらいいのかわからない状況にいる。

「こりゃァ、一体」
どういうことだろう。とつづけようとして、目の前の少女が身じろぎしたので慌てて飲み込んだ。
自分は昼寝をしていたはずだった。
仮にも敵の屋敷で無防備に寝るなんて何事だと思うだろうが殺気に気がつかないほど鈍感じゃないし、愚かでもない。いつも、自分の屋敷で寝ていたとしても誰かが近づいてきたら眠りから覚めていたのに。
「・・・武田、なまえ?」
目の前で眠る少女の名前を確かめるように音にした。
何度みてもおなじだ。今自分の前で無防備に寝ているのは、紛れもなく自分が滞在している屋敷の主の娘、武田なまえその人だった。
しかもこの状況から自分はなまえが隣にきて寝転んで寝にはいったとしても起きなかったのだ。
この、俺が。
「独眼竜も、なまっちまったか?」
自嘲するように呟いて、また、じ、となまえの寝顔を見つめる。
無防備なその寝顔は起きている時に会った時より、なんだか幼い気がした。
すー、と静かな寝息をたてながら寝るその姿に知らず知らずのうちにごくりと喉を鳴らした。
(どうしたってんだこんな餓鬼に欲情するなんざ、俺はおかしい)
そう思いながらも、そっと、かすかな寝息を立てるその唇に顔を近づける。
相手の息が、唇に触れるぐらいの距離。
「おい」
呼んでも、当たり前だけれど返事はなくて。舌打ちして、あぁ、俺は狂っちまったんだ!と心の中で叫ぶ。そうして理性は欲望に負けてしまった。
己が欲望に正直になって、唇をゆっくりと重ねようとしたその時だった。

「ハイハーイ!姫様を回収にきました〜!そこの助平野郎どけよ」
油断していた腹に、すさまじい衝撃。
とがった感触、たぶんあれだ。爪先。爪先が鳩尾に的確にヒットしていた。
すこしだけ咳き込んで、顔をあげると声で分かってはいたものの其処にいたのは不機嫌な顔をしたあの忍。武田の忍、猿飛はそんな俺を睨んだあとにすぐになまえに手をかけてゆさゆさと揺すった。
「なまえ姫、ひーめってば」
「…ん、さすけ?」
「もー、何処でねてンの」
「ふあ、だって、政宗さんが寝ていたのみたら気持ちよさそうだと思って」
体を起こすと、くあ、と大きな欠伸をしてなまえはまだ眠そうに目をこすっていた。
それに猿飛は呆れたようにため息をついて、あろうことかその手をきゅと握った。
「なまえ、行くよ。あっちに布団敷いてるから」
「ん、ありがと」
「はいはい、こっち」
そのままなまえは猿飛の成すが侭というように手を引かれてその腕に軽々と抱えられてしまった。眠たくてたまらないのか自分を抱きあげる猿飛の肩にことんと頭を預けて、また眼をつぶってしまった。その顔を見下ろして猿飛はため息をつきながらも、満更ではないように笑った。
そのまま障子を開けて、猿飛はまだ呆気にとられて座りこんだままだった俺に視線を向けた。
絶対零度の、その視線。

「竜の旦那、邪魔したね」

今度手を出してみろ、と暗に聞こえた気がした。
障子が閉まったぴしゃ、という耳障りな音で俺はやっと我に返った。



何故すぐに口づけなかったのかと、自分の愚かさを呪ながら、今度あったらあの猿ぶっ殺す、と心に誓った。



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