空から落ちてくる雨は留まることを知らずに俺を濡らした。雨を含んで重くなり、じっとりと体に絡みつく服が煩わしい。四肢にまとわりついて、まるで、今俺が手にかけた奴らが逃がすものかとしがみ付いてきているような錯覚さえ覚えた。
(重くて、暗い)
頭を数回振って頭の中をはっきりさせようとするのに、どうしてもできない。
ただ体を流れ落ちていく雨だけを感じる。
そのほかに感じるものといえば、己を呪う呪詛の声のみ。

「佐助」
「…なまえ様?」

いきなり目の前に己が主の主であるひとの娘である、なまえ様の顔があったものだから思わず俺は間抜けな声を出してしまった。ゆっくりと周りを見渡すと俺がいる場所は武田の屋敷であり、無意識になまえさまの部屋の前にきていたようだった。
縁側の淵に膝を抱え込んで座り込み、なまえ様は俺の顔をのぞきこんでいた。
それをしばしぼんやりと見つめてから、無意識にここにきた意味を自覚して俺は自嘲するように笑った。こんなに汚い自分はこのひとには近づいてはいけないと思っているはずなのに、気がついたら近づいている。
例えるなら、自分は黒だ。そして、なまえ様は白。
本来ならば、対照的な二つの色。

「身体が冷え切っているじゃない」

そういって伸ばされた指先が俺の頬に触れた、其れは驚くほど暖かくて、俺は目を細めた。
汚れを落とすようにごしごし、と親指で頬を拭われれば、そこからじんわりと、自分が人間に戻っていくような気がした。
立ち上がって俺を上から覗き込む茶色の大きな人見を見つめ返しながら俺は指を伸ばして寒さのせいでに少しだけ赤らんだ頬に触れた。
そして、するすると指をなまえ様の身体の線をなぞるように下ろしていった、性的な意図なんてない。
ただ、触れたかった。
そうして、するりとその細い腰に腕を絡めるとそのままぎゅ、と抱き締めた。
じわり、と服にしみこんだ水がなまえ様の着物にしみこんでいくのが分かったけれど離れはしなかった。離れられなかった、と云う方が正しいのかもしれない。

「どうしたの、佐助」
「ね、なまえさま」

彼女の着物にじわりとしみこんでいくのは雨だけじゃない。
押し付けた顔をのぞきこまれることがいやでもっと強く抱き締めた。

「俺を、捨てないでね」
「…なに、を」
「貴女に捨てられたら、俺は死んじまう」

細い身体を強く抱きしめる己の手はまるで鎖のようだと思った。
鳥が飛んでいってしまわぬように、地上にとどめるように、戒めるように。
罪深い腕だと、それを理解していながらも解くことはできなかった。



(いっそ、本当に罵って捨ててくれたらいいのになんて、ぼんやりと思った)



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