じんじんと痛むのは、心臓



「ひっ、あーくそっ、ううこんなのに涙見せちゃった」
ごしごしと零れそうになる嗚咽をどうにか飲み込んで茜は袖で頬をぬぐった。
泣くな泣くなと言い聞かせて、ジンジン痛む拳に意識を集中させてぐっと涙を引っこめた。
「なか、ない!」
しばらく目を閉じてぐぐぐと眉間にしわを寄せた後によし!と茜自己完結して顔を上げた瞬間、ぶはっと政宗が噴きだした。
「は、はははは!」
「えええ」
なにこいつ…とちょっと茜が引き気味の顔をして見つめているとその声にやっと我に返ったらしい小十郎が刀に手をかけた。
「なんということを…!」
「Stop!動くな小十郎!!」
「ですが…っ!」
小十郎はぎり、と歯をくいしばり、茜を睨みつける。その視線の強さに一瞬負けそうになったけれど、何とか踏みとどまってぎっと茜も小十郎を睨み返した。
「このような無礼を見過ごせるはずがありますまい!」
「俺がいいって言ってんだ。女に殴られるなんざ、久方ぶりだ」
くつくつと政宗は笑う。ひどく楽しそうに、にんまりと笑いながら。それを見ながら茜
小さいころ見た不思議の国のアリスのチェシャ猫を思い出した。
「Hey、お前の名前なんて言うんだ?」
「な、なまえ?」
「そうだ。お前の名前だ。What is your name?」
「…東雲茜」
「OK、茜か。いい名前じゃねえか」
にんまりと、政宗は笑う。その顔を見て小十郎が刀にかけていた手をおろして深い深いため息をついた。政宗のその笑みがたちの悪いことを思いついたときにでるものだと、長年の付き合いでいやというほど知っているからだ。
「おい小十郎」
「政宗様、それ以上は聞きませぬぞ」
だからこそ、小十郎はそう先手を打ったというのに。
「こいつ飼っていいだろ」
いきなり飛び出したその一言に、小十郎や茜だけでなく周りにいた全員がぽかんと口を開けた。その中で正宗一人だけはにやにやと笑い続けている。
「な、にをバカげたことを」
「なんだよ。お前だってこの前猫拾ってきただろ?それと一緒だろうが」
「それとこれとは違います!」
「うるせえなあ。こいつもちっちゃいしあの猫とたいしてかわらないだろ」
ぎゃあぎゃあと政宗と小十郎の口喧嘩の中で茜はぽかんとしたまま政宗と小十郎の顔を交互に見つめる。猫?飼う?なにを??いろんな疑問が頭に浮かんでは消えていく。そんな風に呆けていた茜はいきなり首根っこをぐいっと掴まれて気がつけば小十郎の目の前に差し出されていた。首根っこを掴んで差し出しているのは政宗だ。
強面の小十郎と顔を突き合わせる格好で、茜はじわりと背中に嫌な汗をかいた。先ほど啖呵を切ったとはいえ、小十郎の顔は怖い。それもやくざとかそういう部類の怖さだ。
そのうえ今はわけのわからないことを言い出した政宗に対して苛々がピークに達していて、額に青筋まで浮いている。
「そんなに信用できないなら10日間、お前が見張れ。10日たってそれでもまだ追い出したいんなら追い出せ。それでいいだろ?」
「か、勝手にきめないで!」
「とはいっても、多分お前ここ以外行く所ないだろ」
「う、」
抵抗してみるも、政宗のその言葉はあまりにも的確すぎて茜は言葉に詰まった。考えてみたところで、ここはどう見ても茜がいた世界ではなかった。強がったところで、それはどうしようもなく、恐ろしい現実だった。
「それに、諦めろ」
そういって政宗はとどめのように後ろから茜の耳に口を寄せて、つぶやいた。
「俺が気に入ったんだ。お前が妖怪だろうが、天使だろうが、簡単には逃がしやしねえ」
「ひ、」
耳元で低い声でささやかれてぞくぞくっと背中に何かが走る。短い悲鳴をあげた茜はそのままどんと突き飛ばされて小十郎の胸に顔から突っ込んだ。
それを受け止めながら政宗のにやにや笑いを見た小十郎はそれはまた、深い深いため息をついた。





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