第六話 蔓延(はびこ)る根

-vana-

神域の山の麓に下りると、既にひと気は無かったが、山に行ったことが分からないように、念の為、少し遠回りをして帰った。
戸を開けると、おれを捜していたらしい朱鳥と鉢合わせになった。

「葵。――少し前に銀翅さまがお前を訪ねてくださったぞ。だというのにお前は、何処に行っていたんだ。」
「そうだったのですか、ごめんなさい。川の近くで遊んでいました。――銀翅さまなら、先程偶然お会いしましたよ。」

「そうか。それなら良いが…。」
「長く話せないので、また改めてお出でになるそうです。」

「…ふむ…、そうか…。」
朱鳥は、銀翅が家を訪ねてくることに何か思う所があるらしい。何やら、渋い表情を浮かべている。

「…? どうかなさったんですか?」
「――良からぬ噂が立ちでもしたら…」
気になったので尋ねると、養父はぽつりとそう漏らした。

「…。」
――わざわざ訪ねてもらうなど畏れ多い。
そう思いつつ、外聞を気にする気持ちが大きいらしい。

村長の家だから、それも仕方ないことなのかもしれない。
――実際のところ、村を治めているのが巫の家であることは察しがついているが、それ故、巫の家とは親交が深いはず。

「銀翅さまがこの家を訪ねて、何が不思議だと仰るのですか?」
「不思議なことはない。だが…、玄鋼さまがお出でになるのならまだしも、銀翅さまとなると…」

「なぜ、銀翅さまがお出でになるのを渋られるのですか?」
――こちらに背を向け、立ち去ろうとしている朱鳥の背に、そう問いかけた。

「…。あのお方にはあまり、良い噂は聞かぬのでな。」
「…、そうなのですか?」――おれにとっては意外だ。やさしげな彼のことだから、誰からも評判がよいのだと思っていた。

それに驚いていると、朱鳥はひそひそと話し始めた。
「本家にいらっしゃる、銀翅さまの奥方さま――蓮華さまは、どこぞの姫君だったそうなんだが、それを強いて娶られたのだ、とか…。」

「…? では、銀翅さまが山で共に暮らしておられる方は」
「お妾さまだ。…瑠璃さま、と仰ったか。」

「そう、なんですか…。」
仲睦まじく見えた二人が、そんな関係だったとは。
――よくある話とはいえ、銀翅に対して抱く印象からするとひどく意外に感じられた。

「蓮華さまとは、突然御婚礼を挙げられた。――それ自体はよくある話なんだが、まだ御子様を授かられたという話は聞き及んでいない。…にもかかわらず、銀翅さまはあまり本家に戻らず、お妾さまのところで暮らしておられる。…おそらく、仲があまりよろしくないのだろうと、皆が思っている。」
「…。」

「一方、玄鋼さまの奥方さま――梔子(くちなし)さまは、正式に嫁がれてもう十年にもなるか。とにかく――その奥方さまが近頃漸く御子様を授かられたと聞いた。それが…、銀翅さまがお妾さまのところへ移られてからすぐなものでな。――よもや、蓮華さまは玄鋼さまのことをお慕いになっているのでは、と、下世話な噂すらある。」

「………。……真偽の程は、分かっているのですか?」
「そのような下衆の話、わざわざ尋ねられるはずもない。――だからこそ、止まるところを知らぬのだがな。」

「…。では、この話はすべて養父(ちち)上の推測ですか?」
「私の、ではない。村の者達の、だな。――まことしやかに囁かれているから、皆が知っているよ」

「だからといって、それが真実だとは限らないですよね」
「それはそうだが。…お前、確かめようなどとするんじゃないぞ」

「なぜですか」
「――村を統べるものだ。…少々後ろ暗いこともあろう。同じく村を統べるものとして、そこには触れぬのが不文律というものだ。」

「…しかし、もしも噂が虚偽だとしたら、憶測だけで失礼を重ねたことになるのでは? しかもそれを、正そうともせずに。」
「………、生意気な口を利くな」

「…。」
――外から来たお前が、口を出すことではない。
その意図を感じ取り、おれは思わず口を噤んだ。

「外から来たお前だが、この家に来た以上、いずれは悠や玄鋼さまと共に、この村を統べてもらわねばならぬこともあろう。――村のことを教えはするが、余計な真似をしようというのなら――」

「…。過ぎた真似を。申し訳ありません。」
ひとまずおれが詫びると、長である男はため息を残して去っていった。

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