第15話 蔵と式神

-irreal-

そんなわけで、1週間が経った日のこと。先輩が俺達の家に来ることになった。
俺は蔵で、何を手伝って貰おうかと模索していた。

その時。不意に外から、バシッ! と音がしたかと思えば、体の力が抜け、よろめいてしまった。
そして同時に、外が何やら騒々しくなった。

…何かあったか!?
俺は急いで蔵の外に出る…。


――父は仕事のため、家にはいなかった。
騒ぎを聞きつけた母が、電話で父を呼び、父は急遽駆けつけてくれることになった。

俺と両親、二階堂先輩が客室へ集まり、事態を説明する。
父は、俺の顔色が悪いのを心配して休んでいていいと言っていたが、この程度、何ということはない…と言うと、渋々話し合いに参加させてくれた。

事の顛末は、こうだ。

手伝いにきた先輩は姉が応対。具体的に何をすればいいのかを考えているのは俺だということを聞いた先輩が蔵に近づき、蔵の戸を叩いて俺を呼ぼうと手を伸ばした時、バシン!という音と共にその手が弾かれ、またそれと同時に白狐が現れて、先輩に襲いかかった。
先輩が蔵に近づくことに何となく嫌な予感を感じていたらしい姉が側についていたため、姉が先輩を咄嗟に庇い、姉が負傷。騒ぎに気付いて蔵から出た俺が白狐に対して一喝すると、白狐が消えた…。

話を聞いた父は、はて? と首を傾げる。
「血族、それも極一部の者しか蔵に入ってはならない、という掟はある。しかし、近づいてはならない、とまでは云っていないはずなんだが…。どうやら、守りの結界が働いたようだ。」

俺にとっては初めて聞く話だ。…姉さんは知っているのかもしれないが。俺には分からないので、素直に尋ねる。
「守りの結界、とは…?」

「ああ、諒は知らなくても無理はないが…そのままの意味だよ。どうやら、元々は伝承にきく陰陽師様の御子様の(はるか)様が蔵を守るためにと施したものらしいんだ。…二階堂君に襲いかかった狐は、遼様に仕えていた式神だろう。」
「そうなんですか…。」

「宵夢や諒は教えをよく守って蔵に誰も入れなかったし、近づく程度なら大丈夫なはずなんだが…。事実、二階堂君の前にももう一人、蔵に近づいた子がいるそうじゃないか?」
「え? そうなんですか?」

どういうことですか? と俺は先輩に目を向ける。…おずおずと、先輩が口を開いた。
「はい。おりました。」
「…誰ですかそれは?」

「…鹿園だ。」
「は…? なんであいつが俺の家に?」

「すまない…。その、放課後に鹿園と出くわしてしまって、断り切れなかったんだ。」
「…それで?」

「どうにか帰らせようとして、俺と宵夢さんで説得して帰ってもらった。」
「はぁ…。で、その鹿園は、蔵に近づいたけれど、何も起こらなかったと?」

「ああ、そうだ。…鹿園が蔵の小窓から中を覗き込もうと手を枠にかけていたから、流石にまずいと思い…俺が止めた。」
「そうだったんですか…。」

「ああ、ちなみに、この家のことは口外しないようにと俺が釘をさしておいたから、心配は無用だぞ。」
「はぁ、そうですか…。ありがとうございます。」

先輩に睨まれた鹿園を少し気の毒に思っていると、先輩が父に頭を下げた。
「俺がついていながら。…お嬢さんに怪我をさせてしまって、本当に申し訳ありません。」

父は少し複雑そうな顔をし、眉をひそめる。…しかし、少し穏やかな顔をして、言った。
「いや…。今日のことは私としても予想外だし、大事には至らなくて済んだのだから…。何より、客人を傷つけることがなくて良かったよ。」
「……………。」

「そこまで畏れ入られてしまうと、こちらとしても申し訳なくなってしまうよ。」
「…。はい…。」


「…しかし。そうなると、何故二階堂君に対してだけこうなったのかが、本当に謎だね。…ところで諒、突然力が抜けたというようなことを言っていたけれど、心当たりはあるかい?」
「…。ありません。」

「そうか…。諒が陰陽師様の生まれ変わりであるなら、説明はつくんだけれどね…。それを断じることは誰にもできないし。」
「はい…。」――恐らく、俺と姉、当事者の狐を除けば。

父はしばらく思案していたようだが、溜息をひとつつくと、先輩に向き直った。
「…失礼だが、君の生まれについて尋ねてもいいかな?」
「…はい。それについてなんですが…、もしかすると、俺が、元を辿れば寺の人間だから、かもしれません。」

「…。ほう?」
「今はもう寺はないのですが、確か…祖父の代くらいまでは、家が寺だったと聞きました。」
へぇ…。本当にうちと似ているんだな、先輩の家は。

「そうか…。仮に君がお寺の出だからこういうことが起こったのだとしても、やはり解せない部分は残るね。…いっそ、お狐さまに伺えたら良いのだけれどねぇ…。」

どうやら父と俺は、同じ考えに至ったらしい。…それならば。
「……俺、呼んでみましょうか?」

…俺の言葉は、二階堂先輩にも、そして両親にも意外なことだったらしい。
俺以外の3人は揃って驚きの表情を浮かべる…。

「あ…えっと。この前家にお狐さまがいらしていて。…その時にいろいろと教えていただいたんです。父さんは…その、気付いていなかったようですが…。」
「………そうなのか…。」――父は少し残念そうな顔をする。

「しかし、ということは、私達はお狐さまに疎まれたわけではないということなのか…。あ、いや、今はそんなことを気にしている場合ではないが…。」
――今度は、少し嬉しそうな顔をする。…素直な人なんだな。意外に。

「…。だから、今ひょっとすると、呼んだら来るかな…と。」
「具体的には、どうすればいいんだい?」

「ああ。…いえ、呼ぶというよりは、あちらが察して、こちらにお出でになるのを待つ、と言いますか…。お狐さまが仰るには、どうやらこの客室で話している内容は、お狐さまも全て聴いていらっしゃるとかで。」
「…。私の知らない話ばかりが出てくるね…。それで?」

「ええ…その。だから、そろそろ、お出でになる頃かな、と思いまして。…すみません、当てずっぽうのようなことで…。」
「いやなに、それだけ諒や宵夢がお狐さまのお眼鏡にかなっているということじゃないか。…では、私達はお狐さまがお出でになるのを待てばいい。ということかな?」

「はい。…そうだと思います。」

そうか…。とその場の全員が沈黙する。
しばらくすると母が、「宵夢の様子を見てきます」と退出した。


変わらず続く、沈黙。
そして、唐突に、「遅うなってすまんな、先に宵夢見に行ってたわ。」という声と共に、着物を着た女性の姿が室内に現れた。

…無論、姿まではっきりと見えているのは俺だけだろう。
そう思っていたのだが、二階堂先輩が「…赤い着物を着た…女性か?」と小さく呟いたのが聞こえた。先輩も、ぼんやりとではあるが、見えているようだ。

「…き、急に出てこないで下さいよ…。」
俺だけがやたらと驚いている格好になってしまい、気恥ずかしくてつい、責めるような言葉が口をついて出てしまった。

「何や、あんたらが急いでるやろからこっちも急いで来たったのに。」
当然だが、少し、気を悪くさせてしまった。

「そうですよね。申し訳ありません。」
「…。まぁ、ええわ。」――ふん、と鼻を鳴らされたが、どうやら許してくださったらしい。良かった。

「…。お狐さま、お久しゅうございます。よくぞお出でくださいました。有難う御座います。」
狐の声だけが聞こえている父は、俺が見ている方向を頼りに狐に向かって礼をする。

「挨拶はええ。…で、蔵の結界が動いた理由やっけ?」
…やはり、狐は話を既に聞いていたようだ。

「左様にございます。…どうか、お狐さまのお知恵をお授け下さいませんか。」
「…。あんたらがさっき出してた答えそのまんまやけど。その、二階堂っちゅー男が寺のもんやさかい、中暴かれたらかなんと思たんやろ。…昔は今と違うて、いろいろあったしな。」

狐に名指しされた先輩は、まだ少し呆然としている。
挙句呟いた言葉が「…凄い関西弁だな…」だったので、いろいろと追いついていないようだが、生憎俺達は先輩に対して気を配る余裕がなかった。

「…ほんで、聞きたいことはそんだけか?」
突然、愉しげな声色と共に、何やら意味ありげな視線を父にかける狐。

何かを見抜かれたらしい父は苦笑しながら、
「…あの、お狐さま。……しつこい男とお思いでしょうが、」
何かを続けようとした父の言葉を、狐が遮る。

「なんやあっきー、またあの話か?」
“あっきー”!? 父――彰文、に対する渾名だろうか。…意外にも軽い。

「は…。あの、お狐さま、子どもたちも見ていることですし、その渾名はそろそろおやめ下さいませんか…。」
「何や、それもかいな。…ええやんか、減るもんでもないし。」

…減る。というか減った。父の威厳が。
俺はほんの少しだけ父を気の毒に思いながら、先輩と顔を見合わせ、「このことは姉には言わないでおこう…」と誓うのだった。

しかし、先程から父と狐が話していることは何なのだろう?
…そう思うと、狐は少し考えるそぶりをした後、何故か俺を呼んだ。

「ふむ。ま、今はそれもでけんことはないな。…諒。」
「な、何でしょうか。」

「…アレ、もっといで。」
「…? アレ、ですか?」

アレ、とは…? と怪訝な顔をしていると、狐がつつつと俺の側に寄ってきて、
「ほれ、もう一つ、あんただけが知ってる家宝あったやろ。それや。」

「へ?」
「阿呆、声がでかい」
意外さのあまり、少し大きな声を出してしまった俺は、狐に頭を軽くはたかれた。…関西人のノリというやつだろうか…。

咄嗟に声を小さくする。
「あ、すみません。…アレを持ってきたらいいんですね。分かりました…。」

しかし…あの面か。…何に使うのだろう?
俺は、狐にはたかれた頭をさすりながら、しばらく使うこともないだろうと思っていたそれを取りに蔵へ向かった。

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