第3話 諒と巻物

-irreal-

翌朝。…今日は土曜日なので学校はない。
俺は手早く朝食を取ると、蔵の鍵を持ち……

…蔵の鍵がない。…そういえば、姉はまだ寝ているものと思っていたが、ひょっとすると先に起きているのかもな。
そう思い、俺はひとまず蔵へ向かった。

蔵に着くと、やはり姉が先に作業をしていた。

「おはよう姉さん。早いね…」
「おはよう。昨日は手伝えなかったから、その分やっておこうと思って。」

蔵の中の物は、昨日と比べて随分どけられていた。
…姉さん、いつから作業してたんだ…?

「気にしなくていいのに…。まぁ、ありがとう」
「うん。…だいぶ奥まで見えてきたね」

「本当だな。…そろそろ物を横に積んでよけるだけで、奥まで行けそうだな…」
「そうだね。もう少しだから、頑張ろうか」

「分かった。…何だったら、姉さんは少し休んでてもいいよ」
「ううん、だいじょうぶ。ありがとうね」

「そう…。じゃ、頑張ろう。」
「うん。」


しばらくの作業の後、ようやく蔵の一番奥まで辿りついた。
両サイドに物を避けつつ奥まで行ったので、歩きながら眺めるだけで、ある程度の確認は行えるようになった。

横に避けた物を崩したり、落としたりしたら大変だ。
何が置いてあるのかは詳しくはわからないが、恐らくこれらもまた、先祖代々伝わる大切なものに違いない。

俺は慎重に奥まで進み、正面に積まれた物たちをひとつひとつ確認していった。
すると、いかにも巻物が入っていそうな、小さな箱を見つけた。

「…あったぞ。これかな?」
「ああ…こんなもの、昔見たことがあるような気がする…。」

「まぁ、開けてみよう。」
「うん。」

括られている紐を解き、そっと蓋を開けた。

「………これだな。」
「…。」

巻物に記されていた詳細によると、大方俺が把握していた内容と変わらなかった。
しかし、それだけでなく、狐の名、陰陽師の名、狐が祀られている社の場所などの詳細が記されていた。

まず、狐の名は「十六夜瑠璃月宵神(イザヤルリヅキヨイノカミ)」というらしい。…えらく長い名だなと思ったが、神なんてそんなものか。覚えられる気がしない。
続いて、陰陽師の名。「銀翅(ギンシ)」と読めばいいのだろうか? 随分と変わった名だな。本名ではないのかもしれない。
更に、狐と陰陽師の子とされる人物の名まで分かった。こちらは「(ハルカ)」。…唐突に平凡な名が出てきて、少し拍子抜けした。

…っていうか、この「遼」っていう字。リョウ、とも読めるぞ。…さては、ここから俺の名前を付けたんだな? どうやらこれでもヒネったつもりらしい。…まぁ、別に構わないんだが。
ともあれ、これで、俺たちはいつでも狐を訪ねることができるようになった…。

しかし、その前に、大きな問題がある。
両親が懸念していたように、俺たちのどちらかは陰陽師の生まれ変わりだ。…下手に会うと、またお怒りに触れて喰い殺されてしまうかもしれない…。

どちらが陰陽師の生まれ変わりなのか…。
こればかりは、誰にもわからないことだ。…恐らく、当の狐を除いて。

かといって、実際に会いに行って確かめるのでは、あまりにも危険だ。
どうしたものか…と頭を抱える俺の目に、ふとある物が飛び込んできた。

…箱だ。巻物の入っていた箱よりも大きく、少し大きめの本でも入っていそうな箱が、俺の視線の先…天井近くの梁の上に、まるで隠すように置かれている。
巻物を見ていた姉もそれを凝視する俺の視線を追って、その箱を見ているように感じた。…しかし、違うらしい。

「?? どうしたの、諒くん。そこに何かあるの?」
「え? …いや、…え? あ、何でもない」

あの箱、ひょっとして姉さんには見えていないのか…?
とにかく、俺は視線を巻物に戻した。

「そう…。何もないなら、いいけど。…うーん、きっと、やっぱり諒くんが陰陽師さまの生まれ変わりなんだよ。だから、私が明日、お狐さまにご挨拶に行ってくるね。」
「…うん。巻物も見つかったし、お社の場所も分かったし…。これで、ひとまず任務は完了かな。」

「そうだね。」
「ありがとう、姉さん。お陰で助かったよ」

「どういたしまして。…私も改めて知りたかったことだから、あんまり気にしなくていいよ?」
「そう…。…あ、姉さん、先に戻ってていいよ。もうそろそろお昼だし。」

「あ、いけない…! お母さんの手伝いしてくるね。」
「うん。片付けは俺がやっとくから。」

「分かった。蔵の外に出しちゃってる分はそのままでいいから。私、後で片付けるし」
「あ、うん…。じゃあ少しだけ、お願いしていいかな」

「任せて。…じゃあ、私もう行くね。」
「うん。」


姉が去っていったのを見届けてから、俺は先程の箱に視線を戻す。
…どうみてもただの箱なのに、何故か妙に気になった。

恐る恐る手を伸ばしてみる。…当然だが、触れた。まさか触れようとしても触れない物なのでは、なんていう妙な代物なわけもなく、やっぱり確かにここに存在している物だ。
…とりあえず、これも開けてみることにしよう。

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