第2話 諒と鹿

-irreal-

翌日、俺は面倒な授業を終えてから、さっさと帰路に着こうと急いでいた。
すると、…やはり、というか、クラスの友人に声をかけられた。

「なぁ狐塚、お前、なんで部活来ねぇんだよ。我が部のエースだろ?」
「…いい加減、しつこいぞ。顧問には辞めるって言ったし、それで話も通ったんだからもう行かねぇって言ってるだろ。」

「…。何で急に辞めたんだよ?」
「理由とか何だっていいだろ別に。つかお前に関係ねーじゃん。」

辞めてからもう数週間ほど経つのに、まだしつこく絡んでくるコイツは鹿園正巳(カソノマサシ)。俺が先日まで所属していた弓道部の部員だ。部活はそこそこ楽しかったが、後継ぎになる以上忙しくなるからと辞めざるを得なくなった。
鹿園は、数週間前に俺が突然「一身上の都合で」部活をやめてしまったのを未だに気にしているらしい。

まだそれほど仲良くもないのにやたらと絡んでくるようなヤツに、もし「家の後継ぎになったから急に辞めなきゃいけなくなった」なんて本当のことを言ったら、あれこれ詮索されて余計に騒ぎ立てられるような気がする…。
というか、仮に説明したとしても、建前上は確かに神社の神主であり現当主である父親が、ごくごく一般の会社で働いていたりする以上、信じて貰えるとは思えない。

それにしても「神主」が、お仕えしている神に縁を切られるとは。一体何をしたのかと問い詰めたい気持ちだ。
…実のところを言うと、ただお祀りするのが面倒になっただけだったりしてな。それはそれであるまじき事態だが。祖父が聞いたらどんなにお怒りになることやら。

…いや、それより。今は別の事を考えないと。
しつこく付きまとってくるコイツを追い払うにはどうしたものか…。

考え込む俺に、変わらぬしつこさで鹿園は言う。

「なあ、部活行こうぜ…」
「行かねぇって。…今日も俺、用があるしさ」

「何だそれ…。…じゃ、俺もついて行っていいか?」
「は!? ふざけんのも大概にしろよ」

「駄目か…。」

当たり前だ。当主と次期当主を除いて血縁すら入れない蔵の中に赤の他人を入れるわけにはいかない。というか、まだ家に呼べるほど仲良くねーよ。図々しいな、コイツ…。
変な奴だ…とこらえきれずげんなりした顔になった俺を見て、鹿園も流石に考えを改めたらしい。少しすまなさそうな顔をしつつ、去り際にまた言った。

「じゃ、今日はいいけど、次の活動日には来いよな!」
行かねえっつの。しつこい奴だ。

そもそも何でアイツは今更になって急に、俺に馴れ馴れしいんだ…?
先輩たちにでも「同じクラスなんだからどうにか説得して連れ戻せ」みたいなことを言われたのか…? それはそれで、気の毒な話だが。

とにかく、顧問あたりが気付いて、やめるように説得してくれることを切に願う。…というか、近いうちに苦情出そう。流石に鬱陶しい。


ともあれ、どうにか鹿園と別れ、急いで帰る。念のため辺りを警戒していたが、鹿園がついてきている気配はなかった。
…やれやれだ。これからが大変だというのに、無駄に気力を使ってしまった。

帰宅すると、姉もすでに部屋にいた。それとなく、今日母が出かける時間帯を聞きだしてきたらしく、それまでは部屋で大人しくしているらしい。
早速俺は荷物を置き、蔵の鍵を持って蔵へ向かった。

蔵の中は…何というか、想像以上に乱雑だった。ひょっとして、許された者以外が中の物を探れないようにわざと乱雑にしているのか? と疑いたくなるほどだ。
この中から巻物のような小さなものを探すとなると、相当骨が折れるぞ…。

俺は手始めに手前にある大きな箱を抱え上げ、またしてもげんなりした表情を浮かべた。


暗くなりしばらくした頃になって、蔵の扉が開いた。やっと姉が来たか。
遅かったな、と声をかけようとして振り返ると、そこに姉はいなかった。

父だ。珍しく帰りが早い。……よりによって、今日か。

「父さん、…お帰りなさい。どうかなさったんですか?」
「…。来なさい、話がある。」

「…はい。」
…さては姉さん、早速やらかしたのか。まさか初日からトチるとは思ってもみなかったぞ…。どう説明したものか。
埃まみれの手を拭い、考えを巡らせた。

呼び出されるままついて行くと、床の間のある客室に通された。…驚いたことに、姉はいない。
…ならば別件か? 通されるままに入り、座る。

「宵夢から聞いた。お前、祖先についての伝承を詳しく知りたいそうだな。」
「はい。俺には今まで、あまり詳細を知る機会がなかったもので。」

「良い心がけだ。…しかし、蔵に入ることができるのは歴代当主と跡継ぎだけだと教えたはずだが?」
やはりばれていたか。…ここに姉がいないということは、つまり…

「宵夢には今、自室で反省してもらっている。」
「…姉さんは悪くない。俺が頼んだんです。」

「そう言うだろうと思っていた。…しかし、宵夢も『自分が手伝ってやろうと言った』と言っていたが…?」
「…。俺は、そもそも伝承の詳細を記した書が存在すること自体、知りませんでした。なので、元は後継ぎだった姉なら何か知っているかと思い、巻物のことを聞き…、一緒に探してくれないかと頼んだんです。」

「なるほど。」

長い沈黙が続いた。…いや、俺にとってはそう感じられただけで、実際は短かったのかもしれない。
ともかくその沈黙の後、父は言った。

「…先祖代々、あの蔵には歴代当主とその跡継ぎしか入ってはいけないことになっていた。しかし、お前たちの代は異例づくめだ。」
「…。」

「そもそも跡継ぎは宵夢だった。そして宵夢は今、お前の補佐だ。」
「…、はい。」

「元は跡継ぎで、蔵の中について全く知らない訳でもなく。そして、今は次期当主の補佐役。…つまりこれは、当主の座を次期に引き継いだ、前当主のお役目ととても似ている。…そこで、特例だ。」
「…?」

「宵夢は当主跡継ぎではないが、蔵の中へ入っても良いことにする。」
「…!! 本当ですか!?」

「ああ、本当だ。因って、今回の出来事も不問とする。…ちなみにさっきの、自室で反省してもらっている、というのも嘘だ。そろそろ夕飯の時間だから、母さんの手伝いをしてもらっているよ。」
「…………。」

ひとまず、安心だ。
…2人で計画したことなのに姉だけがお叱りを受けたのでは、割に合わないだろうと思っていた。

「しかし、考えたなぁ。母さんが買い物に行っている間に、2人で蔵の中を捜索しようって?」
「………聞いたんですか。」

「そうだよ。帰宅したら、何だか宵夢が不安げにしていたから、理由を聞いたらそう教えてくれた。」
「………………………。」

姉さん…。いくらなんでも、折れるの早すぎ…。
そこまでびびらなくても…。

「母さんが買い物に出かける前に私が帰ってきてしまったから、驚いたのだろうね。…それを諒に伝えようにも、諒はすでに蔵の中。…冷静に考えれば、『諒が蔵の中を探したいと言っていたから手伝ってやってほしい』と私に伝えればいいのに、よほど慌ててしまったらしい。」
ふふ、と含み笑いをしながら、父は言った。

「…それで、巻物は見つかったのか?」
「いえ、まだです。」

「何なら、私も手伝おうか?」
「………。いえ、せっかく父さんのお許しもいただいたことですし、まずは2人で探してみます。」

「そうか。まぁ、頑張りなさい。…そろそろ夕飯もできた頃だろうし、行くぞ」
「はい。…あ、ありがとうございます。」

「気にするな。…宵夢には、つくづく可哀想なことをしたと思っているからね。このくらい、許してやらないと。」
「…………。父さんは、跡継ぎが俺になるのにはやっぱり反対だったんですか?」

「お前が跡継ぎになることにはもちろん不満はないが、今まで厳しく育ててきた宵夢が、性別を理由にというだけでその日々を無為にされたのだからね。親としては、愉快なものではないよ。」
「そうだったんですか…」

夕飯に向かおうと立ち上がると、丁度姉が俺たちを呼びにきたらしい。

「諒くん、どこにいるの〜? あっ」
「今行くよ、姉さん」
「今日の夕飯は何だ?」

「お父さんもいたんですか。えっと、今日はハンバーグです」
「………!」
「おお、諒の好物じゃないか。良かったな、諒!」

「べ、別に好物なんかじゃ…!」
「あれ、そうなんだ。じゃあ諒くんだけ別のにする?」

「えっ…い、いや、勿体ないから食べるよ」
「そう、よかった」

………父と姉が顔を見合わせて、何やらにやついている。
何となく不愉快だが、何故か不機嫌そうな顔をすればするほど、にやつかれるので諦めた。


夕飯の後、部屋に戻ってから姉が謝ってきたので、改めて父から言われたことを告げた。明日からは、堂々と2人で蔵の中を探せると聞いて、姉はほっとした様子だった。
厳命されていたことを破ったにも関わらず大したお咎めもなかったので、とても不安に思っていたらしく、それを聞いてとても安心した顔をしていた。

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