第15話 幕間

-ideal-

『あなたは性懲りもなく、また来たのですか。』
散歩の途中、何気なく家の前を通り掛かると、偶々弟と出くわしてしまった。

「…いやその、…気になってな。」
『何がですか?』

「…。………、姪や甥が、さびしがっていないか、とな…」
苦し紛れにそう言うと、弟は鼻を鳴らして言った。
『…それなら、夕方頃にお出でになれば宜しいものを。』

「…そ、そうだな。…また来る。」
『…。』

二度と来るな、と言われるのではないかと身構えたが、そうではないらしかった。
もしかすると、先日投げかけた言葉に何か思うところがあったのだろうか――。

『…道中、お気をつけて。』
そう安堵しかけた私の背に掛けられたのは、ひどく冷え切った言葉だった。


「…というわけだ。」
寒気を堪えつつ家に帰り、翠春にことの顛末を話した。

「そうですか。…良かったですね、道中何事もなくて。」
「…まぁな…。」
翠春もどこか淡白な返答をする。――いつもそうだが、翠春の言葉はどこか他人事のように感じられてならない。

その相変わらずな様子に小さく溜息を吐くと、翠春はからかうような笑みを浮かべて言った。
「それにしても、貴方もとうとうご自分で何かを為そうとする気概をお持ちになったんですね。…しかし、いきなり無茶をなさいますねぇ。たったお一人で、お家にまで赴かれるなんて。」

「…さ、散歩のついでだ。」
言葉に詰まりながら、そう返答をする。

「先日言い逃げした件が、気になっておいでなのでしょう?」
片眉を吊り上げ、くすくすと含み笑いをしながら翠玉は問う。

「…、そうだ。」
此方の心情など、悠に見通しているらしい。――相手が相手だけに分が悪い。

「いずれにせよ、直ぐにとはいきますまい。」――…しかし、弟君も意固地な方ですね。
「…? 何か言ったか?」

「いえ、何でも。」
小さく呟かれた言葉が聞き取れず聞き返したが、にこりと微笑んで流されてしまった。

「まぁ、挫けずに通うことですね。…それで、弟君は『夕方頃にお出でになれば宜しいものを』と仰ったんですね?」
「ああ。確かにそう言っていた。」

「なら、夕方頃にお訪ねしましょう。…あなただけではいろいろな意味で不安ですので、私もお供致します。」
翠玉は、元主である私に対してもずけずけと言ってのける。
「…お前、相変わらず口が減らないな」

「そのようにお望みになったのは貴方でしょう?」――くすくす、と翠玉は笑い、続けた。
「まぁ、楽しいので何よりですが。」

「……、お前は楽しいかもしれんが、俺はそうでもないぞ。」
些か長い息を吐き、楽しげな笑い声を立てる翠玉を睨め付けた。

「此方の機嫌ばかり取ってくる者達に囲まれているのでは、感覚が鈍りますからねぇ。…時には多少己を不愉快な気持ちにさせてくれる者と、時を共にすべきですよ。まぁ、程度や内容によりけりですが。」
「……。」

――まぁ、これは単なる真似事に過ぎませんがね。
翠玉は胸の内の言葉を、自身に留めたらしい。尤も、私にそれは通用しないのだが。

「まったく…。」
呆れたような息を吐くと、傍らから微かに笑い声が届いた。

「…では、夕方頃までに支度を終えましょう。――何か土産を買ってきます。剛史さんは、如何なさいますか?」
「そうだな…。――少し、休む。」

「分かりました。それでは暫しの間、御自分のお世話は御自分でなさって下さいね。」
「煩い。…良いから、さっさと行け」

喋喋(ちょうちょう)しい翠春を追い出すようにして、漸くひとりになった。
嬉しいような、少し恐ろしいような間に思いを馳せ、ひやりとした畳に寝そべった。

***

「…ほんとうに。世話の焼ける主様ですね」
――ひとりになりたいのなら、素直にそう言えばいいのに。

部屋を出て、ぽつりとそう洩らした。
そして、恐らくお節介な己の行いを、静かに嗤った。

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