第12話 戯れ

-ideal-

園に着くと、晶と遙が仲良くなったらしく、一緒に遊んでいた。
親の迎えを待つうち、自然とそうなったのかもしれないが…。

二人は、親が迎えに来たことを喜んでいたが、見慣れぬ人物に目を丸くしている。
先ほど帰って来た時の瑠璃と同様、私の足に縋り付くと、不安に満ちた目で兄を見つめた。

その頭を優しく撫でながら、出来るだけ自然に、兄を紹介した。
「晶。父さんのお兄さんだよ。翠春さんにはこの前会ったから、覚えているだろう?」
その隣で愛想良くしている翠春を見、思い出したような顔をする。

「…すばる?」
――どうやら思い当たったようだが、相変わらず不安そうな顔ではあった。

翠春は、名を呼ばれたので頷くと、近づいてしゃがみ込み、優しい口調で話しかける。
「あきらくん。…ごめんね、このおじさん怖い?」

「…ちょっと…。」
近づいて来た翠春にまだ不安を覚えているのか、おずおずとそう言うと、晶は俯いた。

「だいじょうぶやで、あきら! いじめへんって言うてたし、なんかあったらうちが、いてこましたる!」
「…おや瑠璃、そんな言葉をどこで覚えたんだい。」

「てれびでやってた!」
「…やれやれ。あまり人に、そんな言葉を使うものではないよ」

「う。…はい。」
さほど強い口調で諫めたわけではなかったが、瑠璃はすぐに大人しくなった。やはり根は素直な子だなと思いつつ、その笑みを隠した。

どうしたものかな、と少し考えてから、私は瑠璃に優しく告げた。
「…、『しばいたる』くらいでいいんじゃないかな。このおじさんにだけね。」

『…!?』
兄は、私の言葉に驚いたように此方を(じっ)と見つめた。
傍らの翠春はといえば、必死に笑いを堪えようとして――失敗していた。

「わかった! しばいたろか、つよしー! やったるで、あきらー!」
「えっ、お、おおー!」
何故か晶をも巻き込んで、幼い姉弟は暫くちょこまかと動き回った。つまり――兄も追いかけまわされて、ちょこまかとしていた。これはこれで、愉快である。

翠春も翠春で、まだ笑っている。
宵夢は、疲れているでしょうに、子供は元気ね、とふわふわとした笑みを浮かべている。
遙はといえば、宵夢に抱き上げられてきゃっきゃとはしゃぎながら、様子を見つめている。――本当に、子供は元気らしい。


暫くそうした後、散々しばかれた兄は降参だと言って漸く解放されたらしい。
…と、息を切らした兄はこちらをじろりと見て、ぽつりと言った。
『…お前、…』

少し待ってはみたものの、その先が無いようだったので言葉を返した。
「――良いじゃありませんか。あなたを叩くと彼らの手も痛みます。そこから多少なりと学ぶでしょう。…しかし言葉は、教えなければ良し悪しは判りません。…今はね。」

『む…。』
そうだとしても、と、実に不満げな顔をしていたものの、兄は押し黙ってしまった。

「…精々しばかれておしまいになれば宜しいでしょう。」
私は、くすくす、と、最早笑みを隠そうともしなかった。

『…やはり、わざとだな?』
「だったら?」

『…。』
「それとも、以前のようにもっときつい仕置きが必要ですか?」

『…。……』
「あなたがどんなに変わっても、すべてを水に流した訳ではないことをお忘れなく。…よもや、もう、お忘れになったのですか?」

『…。いや。』
「それは良かった。少しは報われますね」
そう言って笑うと、兄は僅かに表情を歪めた。


そんな私達をよそに、姉と弟は、互いに楽しそうに話をしている。
「…あきら、遠足、どやった? ともだち、できたか?」
「…うん。たのしかった。」――晶は、遙をちらと見ると照れくさそうに言った。

「ほーかぁ。よかったなぁ!」
「…おねえちゃんも、ともだちできた?」

「ん? うん、うちは、ぎょーさん友達おるで。あしたも遊ぼうって、約束したんや!」
子供達は、明日が待ち遠しいらしい。その様子から察するに随分と遊びまわったようだが、その元気は尚も有り余っているようだ。先程兄が追い回されたところを見ても、それはすぐに分かるのだが…。

『子供は無邪気ですねぇ。』
――翠春のにこやかな言葉が、ざらりと胸に残った。


「…では、私はこれで失礼します。ご馳走様でした」
「はい。今日はお力添えを下さって有難う御座いました。」
遙を抱いた宵夢は、帰りがけにそう言った。

「力添えだなんて…。でも、また何かあればいつでも仰って下さい。」
「はい。狐塚さんも、何かあれば是非。」

「ええ。有難うございます。…失礼致します。瑠璃ちゃん、晶くん、またね。」
「またな! 遙も、ばいばい」
「…ばいばい」

「狐塚さんを送ってきたよ」
「ああ、有難うございます。…それにしても、夕飯までお誘いしてしまって、良かったのかしら?」
――花蓮も、狐塚家のことを流石に案じたらしい。

「ああ。…旦那さんのお帰りが、今日は遅いようだと仰っていたので、もしもお寂しいならご一緒しませんかとお誘いしたのさ」
「そうなのね。…それなら、却って良かったのかしら。」
もちろん宵夢も最初はひどく遠慮をしていたが、遙が帰りたくないと渋ったのもあり、最終的には宵夢が折れたのである。

「どうやら楽しんでいただけたようで、何よりだね」
「うん!」
「…うん。」
子供達にそう言うと、揃って元気な返事が返ってきた。

「…二人とも、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃないかしら?」
どうやら疲れ切っている様子の、もう一組の来客者らを見ながら、花蓮は苦笑したように言った。

「…それで、今日は一日剛史さんに遊んでもらっていたのね?」
「うん!」

「剛史さんも、翠春さんも。…申し訳ありません」
『いいえ。久し振りに身体を動かしたので、楽しかったですよ。――ね、剛史さん。』

『…ま、まぁな。』
『…近頃は運動不足気味でしたからね。…花蓮さんも、あまりお気になさらず。』

「…。けれど、…あなたも。ほどほどのところでやめさせないと…」
「ひどく楽しそうに見えたので、つい止めそびれてしまったんだよ。」――そうは言ったが、止めるつもりなど始めから毛頭ない。

『大丈夫です。私がついておりますから』――そう言った翠春にも、止めるつもりはあまりない様子だった。…兄がすこしばかり、気の毒な気もしてくる。

「すみません、加減を知らぬ子たちで…」
花蓮は相変わらず、平謝りしている。

『いえいえ、そんなに謝らないで下さい。…寝れば元気になりますから。』
『………。』

そう答えた翠春に、兄は白い目を向けていた。
――老骨を少しは労れ。
そう言っているようでもあった…。

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