第四話 手許の光

-eclipsar-

村に近づくにつれ、緋色が強くなる。
…あちこちから、炎が上がっているせいだ。

「…! 十六夜!」
「っ!」
叫ぶのとほぼ同時に、ばつん、と音がした。――村全体に結界が張られている。

「あいつか…!」
十六夜は悔しそうな声色を漏らした。

「…恐らく、本家に居る筈だ――」
炎の熱と渦巻く闇の濃さに、汗とも冷や汗ともつかない雫が伝った。――尤も、生者ならばの話だが。

「…大丈夫か?」
此方の様子を窺い、十六夜が尋ねる。…霊魂とはいえ、様子を察するのは相変わらず得意な様子だった。

「――ああ。…こんな処に留まっていたって、仕様がない。」
「…。…ほな、うちについといで。」

「…! 近道を知っているのか。有難う、助かる。」
「消し飛ばされんように、気ぃつけや。」
鋭い視線を此方に向けられた。――と、またしてもほんの僅かながら、姿がはっきりとする。

「………、…有難う。」
「…。」

互いに無言のまま、やがてその場所に辿り着いた。
燃え盛る炎の色はより強く、闇の色もまた濃い。…それを発した張本人が其処にいる以上、そうなるのも当然といえた。

それに引き寄せられたかのように、眼前のあらゆる物を越え、“己”と眼が合った。
「…!」

「! 銀翅!!?」
十六夜の呼ぶ声に、漸く意識が戻される。またしても、からくもといった様相で、“それ”から眼を背けた。

「……駄目だ…。ああなればもう誰にも手出し出来ないだろう…。」
眼を閉じ、ざわざわと背を這い上がる感覚に身を震わせながら、震える息を吐き出した。
「…申し訳ないが、君に縋るより他に手立てが無い様だ。」
霧散し掛けた意識をかき集め、どうにか姿を絶やさずに済んだ。

「……。」
乞われた十六夜は、唯黙したままこちらを見つめている。

「どうにかすると言ったにも関わらず、君の力に縋る事しか出来なくて申し訳ない。…どうか、惑った私を止めておくれ…」
“それ”から眼を逸らすかのように俯き、畏れるようなちいさな声を絞り出す。最早、なにを畏れているのかすら解らなくなっていた…。

「…あんたを、二度も殺せっちゅうんか。」
痛いような沈黙ののち、十六夜はぽつりと言葉を漏らした。

「…否。私は死なないよ。君と共に生きられる。…このままでは、何れ消えてしまうだろうけれど。」
呼吸を整えるように深く息を吐き、覚悟を決めた様に、けれども出来るだけやわらかな視線を、十六夜に向けた。
「…君も力を得られるのだから、あの程度の物気(もののけ)にやられる事など無いだろう。」
――殺すのではない、生かしておくれ。

されど、破壊を望んだのもまた、己なのだ。其れが解っているから、畏れが拭い去れないのだろう。
別たれてしまったとはいえ、“己”を理解出来てしまう自身にも、僅かに畏れを抱かずして()れなかった…。

「…あんたは、どっちが良いんや。」
此方の迷いを見透かした十六夜は、尚も問いかけてくる。

「…。……………、私は…」
しかし答えなどあろうはずもない。静かに向けていた視線は、自ずと地へ落ちてしまった。

「気に、当てられてしもうたか。」
「…。」

――ち、と小さく舌打ちが聞こえる。…やがて、溜息と共に言葉が吐き出された。
「しゃあないなぁ…。ほんなら、うちの得になるように動かさせて貰うで。」

「…ああ。――有難う。」
どの選択も選べなかった己には、かの選択を拒む権利など初めから無い。故に、手向けるのは礼が相応しかろう。

「あんたに礼を言われる筋合いはない。」
選択を強いたにも関わらず何時もと変わらぬ返答に、苦くはあれど僅かに笑みを零した。

「…また逢おう。――きっとね。」
どの様な選択であれ訪れるには変わりない別れに、そっと(はなむけ)を贈った。

「ああ。またな。」
十六夜は薄く笑って応える。その姿は、大きな狐になった――。

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