「美味い肉を買ってきたから、鍋にして一緒に食べよう」

肉が入った袋を手にぶら下げて遠慮なしに私の部屋に入ってくる同僚はどう見ても確信犯だった。どうせ、肉なんていうのは口実で本来の目的は体目当てだろう。
ずかずかとリビングまで歩いていく背中を見て、まるで人の心まで土足で踏み荒らされている気がした。

私は袋を取り出して肉のパックを取り出す。そこには定価の値札の上に値引きシールが貼られていた。

『ほらね、』

同僚にとって私はこの安くなった肉と同じ価値なのだろう。どうでもいい女。都合よくやれる女。ただそれだけ。
当の昔に怒りなどの感情は消えていた。そんな感情あるだけ無駄だし、邪魔なだけ。

ソファにくつろぐ同僚を一瞥すれば、「まだ出来ないの?」と不満を漏らしてテレビを見ている。要するに早く食べて自分の欲を満たしたいだけなんだ、コイツは。

もうちょっと待ってて。そう言いながらキッチンの戸棚にある土鍋を取り出した。桜が描かれている淡いピンク色の土鍋を見て、そういえばと先日の事を思い出す。

ーそういえば、あの人元気かな?

綺麗な髪の色をした人だったな。そっと土鍋に触れるとあの日がすごく遠い日のように思えた。名前も知らない。どこに住んでいるのかも分からない。里を守る為に忍をしている人。自分とは住む世界が違う人。

「どうしたの?」

ぼんやり考え事をしている私に気付いたのか同僚はいつの間にかキッチンに入り、私の後ろに立っていた。

「もう待てないよ」

同僚は薄ら笑いを浮かべて言った。思わず一歩後退りをする私を逃さないとばかりに荒々しく抱きしめられて首筋に顔を埋める。チクリ、と痛みが走る。ああ、これではまた跡をつけられてしまう。必死に抵抗するが、思いのほか男の力が強くて敵わなかった。

「…ぁ、やっ…」

ーーガシャンッ

調理台に手を置いた拍子に土鍋が落ちて粉々に砕けた。男は少し視線を向けただけで、気にする素振りもなく私の腕を引く。きっと、寝室まで連れて行くつもりだろう。
予想通り寝室に連れて行かれ、ベッドに押し倒されると荒々しく私のシャツのボタンに手を掛けた。抵抗するのを諦めた私を裸にするのは容易な事だろう。男は手慣れた手付きで私の肌を触り始めた。
…いつもの事だ。我慢すればすぐに終わる。そう自分に言い聞かせて強く目を瞑った。


ふいにインターフォンが部屋に鳴り響いた。私は玄関に出ようと身を起こそうとしたが、同僚に腕を押さえつけられて身動きが取れないので必然的に無視する事になる。インターフォンは何回かしばらく鳴り響いて、止まった。
帰ったのかな?そう思った直後、今度はドアを叩く音がした。その音は次第に強くなっていく。

「んだよ、良い時に」

同僚は苛立たしく舌打ちをして私の体から離れると玄関に向かった。恐らく、文句を言いに行ったのだろう。ふう、安堵の息を吐いてベッドの下で無造作に落ちていたシャツを羽織る。

ーー助かった。

なんとなく、今日はしたくない日だった。
…まあ、いつだってしたくないんだけど。

それにしても、こんな時間に来客なんて珍しい。玄関先で聞こえる声はどことなく聞き覚えがある声で、頭の中で声の主を探すが、全然思い浮かばない。
私が思い出そうと考えている間にも同僚が声を荒げて何やら怒っているので、慌てて止めようとベッドから降りる。玄関に続く廊下に出ようとすると、同僚が勢いよく寝室に入ってきた。

「俺、帰るから」
「え?どうしたの?」

私の問い掛けには答えず、同僚は鞄を持ち、さっさと帰ってしまった。その背中を見ながら、しばらく呆然と立ち尽くす。
帰ってくれたことは本当に幸運な事だ。でも、急にどうして?なんで?私が帰れと言っても絶対に帰らないくせに。
色々考えるが、そういえばと来客が来ていた事を思い出し慌てて玄関先まで向かった。

玄関先のドアに寄り掛かってこちらを見ているシルエットが見えると、私は思わず「あ」と言葉を漏らした。

そこにはいつか見た銀髪の男が立っていた。

うそ、なんで?

驚いた私に気付いたのか、男は玄関のドアに寄り掛かっていたのをやめて、こんばんは、と軽く会釈をした。

「どうしてここに?…え、というか、傷はもう大丈夫なんですか?」
「おかげさまで。この前は本当にありがとうね」

目を細めてゆるく笑う男は本当に元気そうだった。安堵する私を見て男は「それよりも、」と、厳しい表情に変わる。相変わらず布と額当てで顔の半分以上隠しているが、なんとなく怒っているような気がした。

「大丈夫なの?すごい音がしたけど」
「…あ、すみません」

すごい音というのはきっと土鍋を落とした音だろう。男の威圧感で反射的に謝ってしまったが、私は何故か腑に落ちなかった。
確かに大きな音だとは思うが、何故その音に気が付いたのか。そもそも何故、ここにいるのだろうか。
怪訝に思い、男を見ると私が怪しんでいると思ったのか、男は慌てて俺は怪しい者じゃないよ、と否定した。

ーーオレね、実は隣の部屋に住んでるの。

男は眉を八の字にさせながら、笑った。
その拍子に玄関の照明に照らされた綺麗な銀髪がゆらり、揺れた。


いつか見たあの色





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