* * * * 再開とまで大仰なものじゃないか。 「……なに」 向かい合った伊織は相も変わらず、低い声にきつい視線を俺に送ってくる。 放課後に呼び出したのは俺からだった。 有名な伊織のメアドなど探ってみれば簡単に手に入った。 「昨日店にきたの、お前だよな」 例えどんなに面倒でも、これだけは確認しとかなきゃいけない。 体育館裏。中からはバスケ部が必死で走る音が鳴り響いてくる。 相手も俺も制服姿。 こんなことは初めてだ。 柄にもない緊張からか、まだ4月なのに背中に汗が伝った。 「……だったら、何だよ」 「学校に話す?」 このことを学校関係者でもなんでも誰かに話されたら間違いなく大問題になる。バイトをしていることすら秘密になっている。 実は朝登校してきたとき、話されていた時のことを少しだけ覚悟をしていたけれど、とり越し苦労だった。 「別に話さねえよ。めんどくせえ」 間髪入れず伊織が答えて、正直ホッとした。 「そう、ありがとう」 直接目は見られない。 昨晩言われた言葉がこべりついて離れない。 それでも礼だけは言うと、伊織が息を飲む音が聞こえた。 「悪かった、時間とらせて。出来れば忘れてくれるとありがたいけど。じゃ」 信用できたわけではないけど、口止めしたところで話す人は話すし、話さない人は話さない。 伊織はきっと喋らない。 勝手な希望だ。それでいい。 用件をすましたところで俺はその場を後にした。 「俺が気にくわねえのは、」 伊織が後ろで言葉を続けているのも知らずに。 実際は、もっと伊織に聞きたいことがあった。 むしろ聞きたいことだらけだった。 どうやって俺のことを知ったのか、何故あの場に登場したのか。 辛辣な言葉をつきつけたかった気持ちは、分からなくもないけど、どうして知り合いでもなかった俺を憎むのか。 それら全てを、聞いておくべきだったのかもしれない。 ふと寮に帰ってそう思った。 ただ伊織が俺の仕事を他言しなければそれだけでも。 そうやって、本当に思っていた。 「わけわかんねえ奴だったな……」 部屋でじっと携帯を眺める。 何がどうあれ、伊織との関わりはここで終了だ。 手に入ったのは過去の記憶の掘り返しと、伊織のメアド。 それもすぐに、消去した。 →# [ 6/70 ] 小説top |