いろんな伊織を見てきたけど。 やっぱりこの表情が、一番好きなんだ。 近くでいつも支えてくれる伊織の笑顔を見るたび、どうしてか泣きそうになって、こっちも幸せになっている。 今もやっぱり、俺は泣くんだ。 その顔を見ただけでこんなにもあっさり幸せになる。 雑誌を持ち上げて、ぎゅ、と抱きしめた。 ぐちゃぐちゃになってもまた買う。何冊でも買ってしまう気がする。 ずっと沈黙していたこの部屋のインターホンが、長い時間を破って息を吹き返した。 ドアの奥にある人影を見て、また泣きそうになる。 伊織は、雑誌を持ったままの俺を見てすぐに苦虫を噛み潰したような顔になった。 「なんでこういうのは早いんだ」 「なんで連絡しなかったんだよ」 「……そこに書いてあるだろ。今日は来ないつもりだったけど……結局我慢出来なかった」 二人で部屋に上がるなりベッドに身体を重ねられる。 「ちょ、っと」 「もう全部読んだ?」 「さ、最初の方だけ。あとは……なんか感極まって、一気には、見れなかった」 視界が涙で滲んでそれどころじゃなくなったんだ。 「最初の方がほぼ全部だ。はあ…やっぱインタビューなんて答えなきゃよかった」 「なん、で。すごい良かった、けど」 「俺の羞恥心も考えろ」 勝手なことをくぐもった声で言ってから、耳たぶを噛まれた。 「……ん、いた、」 「痛くはしてねえな」 甘噛み、だ。鳥肌が立つ。 下肢の間に膝を割りこまれ、ぐいとそこを圧迫される。 「あ……や、早い」 「うるさい。早く何も考えられねえようにしてやる」 そんなの無理だ。 ずっとこの感情はおさまらない。伊織がいるだけで、胸が一杯になって呼吸が苦しくなる。そうすると伊織が口づけて、呼吸を奪うと同時にいきを吹きいれる。 舌が首筋を辿って行き、鎖骨で移動をやめて執拗に骨をなぞった。 「…あ、ぁ、」 「何でこんなとこが弱いんだか」 全く理解できないと笑ってから、胸の突起をいきなり唇で食まれる。 「はう、……んぁ、いお、っり!」 早く何も考えられないよう、とは言うくせに嫌味なほどゆっくりゆっくり湿った先は体中をねぶる。全身が火照って、ぞくぞく甘い感覚が蠢くのがやまない。 内腿をもぞもぞと動かしていると、今度はそこに舌が割りいって犯していく。 「ぁあ、ちょ、…しつ、こっ…ぅん…」 はっきり言葉にならない文句を言うとすかさず唇を塞がれた。 「ふぅ、…んっ」 口内に伊織の舌が這いずりまわる間にも10本の指全てで下半身を刺激されていた。下肢の付け根など、中心に近いところまで行くのに肝心のそこへ触れてはもらえない。 「ちょっ、もっ、……やぁ」 腰付近の窪みを何度も強くなぞられ、俺の弱い感覚が広がる。完全に火がついてしまったそこには直接の刺激が来ない。 「焦ら、さないっ、で、よ」 「じゃあちゃんと言え」 「う、あっ!」 俺も同じ分だけの羞恥を味わえ、と。 どこまで負けず嫌いなんだろう。そもそも与えられて翻弄される俺の方が恥ずかしいに決まってる。 でも、言わずにはいられない。 「さわっ、て」 「どこに?」 「そこ……」 「そこって?」 「……大きく、なっ……てん、の」 「はいはい」 くすくすと、恥ずかしいけれどそんな伊織の含み笑いにも感じてしまう俺はどうすればいいんだ。ようやく望んだ刺激が訪れると思ったら、やわやわと緩くしごくだけ。 「っ……さいあくっ……!」 「いい加減慣れろよ、俺に」 とことん意地悪、だ。いつも俺が言うまで満足にはしてくれない。余裕ないのはいつも俺の方。 「もっ、と、ん、…ぅ、強く」 「強いだけ?」 「…ぁ、いた、く、も」 「仰せのままに」 満足気にエム、なんて言われるけどそうしている伊織もエスだ。 「あっ、ああっ!」 緩急をつける間もなく、ひたすら強いばかりの快楽で精を吐き出した。 「堪え症つけよう、な」 「…どうやったらつくの」 「握ってれば、つくんじゃね」 「え」 そういうものなのか。 「……そんな顔してっとマジで試すからな」 またからかわれた。 「クリスマスプレゼント、雑誌で満足だろ」 「うん」 割と本気で言われたと思ったから本気で答えると、しかし伊織は不満気だ。 「そこは、もうちょっとねだれ」 「え…だって、本当…この顔だけで満足だよ俺」 「ばか、広げんな」 少し焦って閉じる伊織だけど、表紙にはまた自分がいることに気付いてるんだろうか。 「…じゃ、何かちょうだい」 「…適当だな」 ベッドに座り直す伊織が言うが、そもそもこういうのを気にする伊織も少しだけ、意外だ。 「手、差し出せ」 「? こう?」 掌を上に向けたらやんわりと反対側を向かせられた。ポケットの膨らみが伊織の手によって中身を出され萎む。 「…指輪……」 「ベタにな。で、今どっち差し出してる?」 「…右手」 「好きな方、出せ」 ごくりと喉を鳴らしてから、右手を下げて左手を出す。 「…左の薬指は、心臓と繋がってる」 「聞いたことある、かも」 どくりと、動きを繰り返す心臓に伊織の掌が当てられ、余計に鼓動が速まった。 「ちゃんと動いてるな」 親指と人差し指、長い伊織の指で薬指にリングを通された。シルバーに光るそこへ伊織の唇が乗る。 「……兄貴の、もう持ってるか?」 「ううん、貰わなかった」 「じゃ、俺だけのか」 声は平坦だけど、喜んでくれている。そういう些細な変化とかが、少しだけ分かった。 「……俺、店辞めようと思うんだ」 今この雰囲気で出していい話題かも分からなかったけど、なんとなく今話しておきたかった。 「伊織に、余計に頼ることになるかもしれないけど…まだどうなるか分からないけど、ちゃんと別の方法で稼いでいきたい」 「…ああ」 「これから、少しずつお客さんとかに挨拶していこうと思う。店に通うのは……高校まで」 「親父には、もう話したか?」 ううん、と首を振ると置いてあった携帯を拾われる。 「じゃあ、今」 「……え」 「プレゼント、どうせ用意してないだろ?」 本当は用意してたけど、頷いた。 「だから」 伊織の手に触れて、伊織の手から携帯を抜き取り、直樹さんにかける。 「あ、もしもし…? こんばんは」 『唯か、こんな時間にどうした?』 今までの立場を捨てる。 「唯人」がいなくなる。 額に滲んだ汗に打ち震える腕。 掠れた声を出すと、伊織が手を強く握り締めてくれた。 「直樹さん、俺…店の仕事、高校一杯で辞めさせてもらいたいです。いきなりで、勝手だけど…。これからは別の仕事して、直樹さんに報いていきたい。あっ、部屋とか、まだ見つけてないんだけど」 しどろもどろになってしまったけど、直樹さんは電話の奥で笑った。 『ようやく言ったか。…遅いんだ。もうずっとその言葉を待ってたんだぞ。寮室はいいと言うまで貸すから安心しろ』 「あ…ありがとうございます」 →# [ 65/70 ] 小説top |