暇を持て余した俺と歳の変わらないような若者、若しくはそれ以下の子供、いろんな人間が街の隅に居座り好き勝手をしている。
 そんな人間が探そうと思えばいくらでもいる中、あいつは一人で身体を売っている。
 ……だから俺もこの仕事をやめはしない。

 歩きながらもう一度今日の自分の顔を頭に浮かべる。
 今までの演技なんか陳腐なものだった。
 自然体でいれる原因はもう分かった。今まで笑えなかった理由も。

 橋本伊織という芸名に捕われたように。
 俺は多分、あいつを想うことでしか自分を表現出来ない。

 ──なら、笑えることはいつまでもないのか。

 それは少し困るなと無理矢理笑ったところで家が見えてきた。

 それと同時に肉眼で確認できる、玄関の前にただずむ人影。

 個人まで特定出来た頃には進む足が停まっていた。

「……何でいやがる」

 声に反応して、唯が顔をあげる。

「あ……おかえり。これ、光志さんに返しそびれたんだ。だから結局、ここに帰しにきた」

 この寒い中、ずっと外で待っていたのだろうか。鼻も、傘を握る指先も赤くなっていた。

「言いてえことはそれだけか」
「後、光志さんに会って来た」

 傘を奪うように受け取る。
 光志といいこいつといい、どうして俺にそれをわざわざ報告するんだ。

「…会って、ちゃんと別れてきた」

 足に痺れが走った。
 いや、足だけでない。腿、腕、腹部、しまいには脳の真髄まで。
 光志と別れてきた唯が、自分の目の前にいる。

 これは、現実か?
 こんなこと、有り得るはずがない。

「…俺を幸せにしてくれるのは……俺を完璧な笑顔にしてくれるのは、光志さんじゃない。例え慰めでも、何でも……俺は、」


 そこで言葉につまった唯の頭の上に手を乗せている自分がいた。

 何をしているんだと思ったときには既に遅く、ぎこちなく、手を動かして過去に触れてきた髪を撫でていく。

「…俺はっ……」
「……いきを吐け」

 秀麗な瞳が僅かに大きく開かれ、口からは除除に吐息が漏れた。


 愛の告白なんか、とうにしていた。

 相手が呼吸をしないなら、俺がその分いきをやる。
 お前の苦しみを楽にしてやる。

「俺は、」
「ああ」

 でも多分、それで本当に楽になるのは俺なんだ。


「……伊織が、一番好き。……好き、なんだ、好きで…好きで、ずっとそばに、いた、くて……」
「……もういい」


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