「…そういうわけだから、分かったらさっさと光志のところ行けよ。そんでもう俺なんかのところには来るな。揺れるな」

「……伊織……」

 外を仰ぐと雨はいつの間にか本降りになっていた。

「……帰るとき、玄関の青い傘持ってけ。光志のだから、借りるついでにお前から返しておけ」

 まるで迷子の子供のような目で見つめてくる唯の前にそれ以上立ってられなくて、俺はその場を後にする。
 唯は追ってこない。追うはずがない。




 階段をゆっくり上って、入った部屋に鍵をかけた。

 深く深く、息を吐く。

 ようやく終わった。

「……ああ」

 ベッドに転がり天井をひたすら見つめていると、感情の波が押し寄せてきた。


 ──好き、だったのか。


 多分、好きだから突き放してやって。

 好きだから、幸せを願った。


 別れたときの兄貴のした行為も、誕生日に唯がした行為も、意味が分からないと思っていたが。

「……そういうことか……」

 今なら分かる。

 唯が、本当に大事な奴の隣にいられる。

 そう思うだけで、満ち足りたのだから。







「…伊織、いいか? 開けてくれ」

 しばらくたってからノック音と親父の声。協力者だから無下に扱うわけにもいかない。言われた通りに鍵を解除する。




 中に入って来た親父は若干心おだやかでない様子だ。

「唯は?」

「帰っていった。…お前が望んだことだ」

「まあ、そうだな」

「……本当にこれでよかったのか?」

 鋭い眼差しで見て来る親父の視線を振り払う。
 俺に答える気がないと分かったのか、親父は少し強い口調で問い続ける。

「お前、唯が好きなんだろ」

「……さてね。どうだったかな」

「唯を慰めろなんて俺は言った覚えないがな」

「だから昨日頼んだだろ。俺の言うことにとにかく頷いてくれって。感謝するぜ、さすがに今回は」

 親父がいなかったらあんな荒唐無稽な嘘はすぐ論破されて終わりだ。

「なんであんな酷い嘘ついたんだ」

「……あそこまで酷くしなきゃ、あいつ光志のところ行かねえだろ。崖から落としてやらねえと。俺に届かないように」

 親父は尚も何か言いたげに口を開いたが、途中で呆れたように頭を振り、歎息した。

「……光志も唯も大概不器用だが、お前が一番だな。誰に似たんだか」

「親父以外に誰がいるんだよ」


 なんだか親父に慰められているようで、笑った。



「……あいつ、泣かなかったな」

 最後に見た唯の姿を思い出して、独り言のようにぽつりと吐いた。

「何だ、泣いてほしかったのか」

「……別に」



 よかったんだ、これで。


 “幸せ”や“愛”などという抽象的な言葉はあいつに会うまで感じたこともなかったが。




 矛先が俺に向かなくてもいい。


 あいつが一番想う人間と一緒にいれるようにする。

 それが多分俺の愛で。



 あいつが一番想う人間と一緒にいられるのがきっと、俺の幸せというやつだ。








 side.伊織


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