素直に首を横に振るとお茶を並べた光志さんが今度は何か大きな機器を弄り始める。 そんな動作も新鮮でまじまじ見てるとまた笑われた。何だか今日の光志さんは笑ってばかりだ。俺は笑われてばかり。 ゲームを初めて数分たっても相変わらず笑われた。 「唯、アクション下手すぎ」 「しょうがないじゃん、初めてやるんだから」 「初めてにしても……あ、そこ落ちるよ」 「えっ、う、わっ!」 コントローラーを慌てて握り直すも遅かった。 さっきから幾度となく表示されている「GAME OVER」の文字。 「おまけに注意力散漫だ」 「光志さんが話しかけるから……」 「はいはい、ほらリトライするよ」 「えっ、ちょっと待って…!」 時間も忘れてゲームに興じ、それから昨日借りたばかりだという新作のDVDを見た。 映画とかゲームとかそういった娯楽はほとんど嗜んだことのない俺は来る前に持っていた緊張など置き去りにして光志さんとの空間を楽しんだ。 ふと、さりげない瞬間に彼と俺の目があう。 そのたびに本当に嬉しそうに笑いかけてくれるから、俺も笑い返す。 付き合っていたときよりももっと近くに光志さんを感じて、彼の性格とかを再確認して、それはやっぱり心地が良かった。 「はー、終わったな」 エンドロールが流れ始め、閉めていたカーテンを光志さんが開ける。 見始めた前は明るかった外も、もう暗くなり始めていた。 「……座り続けて少し疲れたな。ちょっと外、歩こうか」 そう言って外に出て、連れて行かれたのは海辺だった。 冬の時期だからか人影はほとんどない。 「…冬の海ってさ、静かでいいよな。夏より冬の方が綺麗に見える。特に夕日とか。知ってた?」 空にある夕闇色が光志さんの云う通り海に淡く映えていて、幻想的な風景に息をのんだ。 「知らなかった……」 ぽつりとつぶやいた言葉は身体に優しくぶつかる潮風に流されていく。 波の音に砂の感触。 冬の海なんて寒いだけだと思っていたけど、立派な癒しの場所だ。 数十メートル、波起こす海に目を奪われながら歩幅をそろえて歩いた。 不意に彼が立ち止まるから俺も立ち止まる。 「今日は楽しかったよ。久しぶりに唯とゆっくり出来て良かった」 触れるだけのキス。二人の間を風が吹き抜けて、髪の毛が北に漂う。瞳を少し細めて息を吐くと白くなって現れた。 「……好きだよ」 低く、吐息をもらすような彼の声。 何かを壊すのを恐れているように、臆病だった。 「この前も言ったばかりだけど……もう一度、聞いて?」 「うん…」 周りには誰も目に入らない。いつしか波の音さえも遠くになっていた。 「俺は、唯が好きだよ。大切にしたいし、…全部、俺のものにしたい。抱きしめたい。キスしたい。……それ以上だって、受け入れたい。そうやって唯と一緒に歩いていきたい」 心臓が締め付けられる。 「愛してる…」 彼の手の中には、俺があの日手放した正方形の包みがあった。 数か月の時を巡って、また目の前に差し出される。 「これからも俺の傍にいて下さい」 好き。 愛してる。 別れてから今まで、俺がずっと望んでいた言葉。 ──だけどどうしてだろう。 心に……入ってこない。 「唯……」 俺の異変に気付いた光志さんが間を置く。頬を伝う液体に口を寄せてそこに口づけた。 「……この涙は、何の涙?」 こんなに離れても追ってきてくれて。 信じられないくらい嬉しくて涙が出そうなほどなのに、今流してる涙はそのためじゃないって、光志さんの言葉で分かった。 「……嬉し涙じゃ、ないよな」 「……わかんな…。な、んで……」 彼が俺を思って用意してくれた指輪。彼の思いがつまった小さな小さな結晶。 俺は……これを受け取れない。 どうしてこんなタイミングであふれ出て来るのか。 いや、こんなタイミングだからこそ、あふれた。 今日光志さんを見た瞬間から──来店した光志さんを目にした瞬間から、瞳の裏にずっと浮かび上がっていた存在。 伊織が。 伊織の姿が、背後にある。 いつの間に、こんなに大きくなっていたんだろう。 少なくとも、今素直に光志さんの想いを受け止められないほどには、彼の姿が俺の中に在る。 慰めはいつの間にかその存在を強くしていき。 救いになって、きらきらと輝いて、俺を抱擁した。 こぼれる涙を手の甲で拭い、周りにある光景をはっきり見えるようにする。 それでも変わらない想い。 「俺……」 ───伊織が、好き……? いつから? そんなことも、分からないほど。 奥深く、伊織は既に俺の中にいた。 「……唯、もしかして、もう誰かと付き合ってる?」 「ち、違う……」 「じゃあ別の誰かが唯の中にいる?」 「……」 嘘はもうつけない。 さんざんつきあって、お互い傷ついた。 「ごめんなさい……今はまだ、これ、受け取れない」 こんな中途半端な気持ちで光志さんに手を伸ばすなんてことは出来ない。 でも、手放すことも出来ない。 光志さんが好きだ。 好きだけど……同じくらい強く、伊織が出て来る。 「……そうか。でも、俺にもうチャンスがないわけじゃないよな」 「ん…」 「俺はいくらでも待つよ。唯が自信もって俺の方に来てくれるまで、ちゃんと待つから」 さんざん待たせてきたのに、待つよって、光志さんは俺の頭を撫でてくれた。伊織と同じように優しく。 「……伊織、だよな」 ……全部、察してる。 「なんで分かるの」 「分かるよ。伊織の名前出した時の表情見てたら」 元から嘘をつくつもりがあるにしてもないにしても、この人は俺のことなんか全て見破ってしまう。 「ちゃんと気持ちの整理して、答えて。返事はいつでもいい。唯が納得するまで……もう俺は逃げないから」 「ごめ、光志さん……。ありがとう…」 俺、甘えてばかりだ。 光志さんにも伊織にも。 俺を強くやさしく支えてくれる。 ──どちらか、選ぶ。 どっちを? ……分からない。 秤になんてかけられない。 暗闇の中、ずっと一人で生きてきたつもりなのに。 俺は大切なものを作り過ぎてしまったみたいだ。 side.唯 →# [ 53/70 ] 小説top |