唇を柔らかく重ねられ、そして隙間から激しく割り入る舌先。

「んっ」

 伊織の舌が舌の上に乗ってきて、歯茎の裏を一周する。
 顔を斜めにずらされた。舌は唇を食まれてから耳たぶをなじられる。

「はぁ、……んぁ」

 耳門の奥にねとりとした感触がやってきて微かに声を漏らせば、首筋に回った伊織の手に力が篭った。

「や、やめ」
「何で」
「ぞ……ぞくぞくする、から、やめて」
「……お前って本当……」
「?」
「ダメ、離さねえよ」
「ッ…!」

 掠れた重圧感のある低音を吹き込まれ、また耳裏を軟体が濡らしていく。
 吸い付く音が体内から響き、ぎゅっとつむった目から涙のようなものが滲んだ。

「ここ、何処だと思って……」
「大丈夫、俺が隠してやるから」
「なんも大丈夫じゃな…、あっ」

 ギリギリのラインまで来るくせに最後までは踏み込まない。

 ただ、こうやって。
 俺の空間とか、思考とかをやさしく奪ってく。

「うぁ…は…」

 日差しが雲で遮られた。

「ほら、もう反応してる」

 その微笑みは、反則だと思う。

 カメラの前では見せない顔、緩める頬がこんなに目の前にあるなんて、少し前だったら信じられなかった。
 若干恥じらいを帯びた、はにかむような穏和なカオが俺を蕩けさせていく。

「いお、りっ…!」
「…もっと、俺の名前呼べ」
「いおり、伊織……伊織……」
「……唯」

 言葉には決して出さないけど、そんな声で名前を呼ぶから、やさしい手つきで包み込むから。


 勘違いしそうになるんだ、思わず──

 “好きだよ”と囁かれてるみたいだ、って。


 熱が、余る。
 熱くって、蕩けて、穏やかな熱が膨れ上がって……俺の全部を、奪っていく。

「っはぁ、…伊織…ねえ、伊織……」

 抱きしめれば、言いたいことなんか分かってると言わんばかりに抱きしめ返される。

 言葉のないところで会話して、想いの一つ一つが募る。

「……俺を好きになれよ」

 慰めの言葉。

 光志さんを忘れられないこと、知っているから。

「俺だけ見てろ、俺だけ……そうすれば、楽になるから」

 本当はそんなこと、望んでないくせに。
 貪るような愛撫の途中、顔を歪ませ苦しげに言うから、俺から口づける。

「くぅ…、んっ……! ぁっ、あ」

 手放せないよ。
 愛が滲み出ていると錯覚してしまう。

 この温もりが本当だったらいいのにって──ちょっとだけ、冗談抜きで、思った。




 俺はまだ光志さんが好きだ。 彼の姿が頭を過ぎっては息がつまる感覚に襲われる。

 きっと後悔が深すぎるから忘れられない面もあるんだと思う。
 付き合っている最中にウリであることを言えたら、真正面から彼と向き合えたらよかったんだ。



 夏は過ぎ去って秋が来る。
 秋は短くて、夏の暑さがまだ思い出せるうちに冬が来る。


 俺は光志さんを消せないまま、伊織は笑えないまま。


 季節が過ぎて俺も光志さんを忘れる。簡単な図式が成り立てばいいのに。


 ──そういえば、前もこれ、思っていたな。
 中々思い通りにはいかない。



 そんなことをちょうど考えていた時期だった。

「はーもう卒業かあ、はええな」
「早いのは益岡の気だろ。卒業なんてまだまだじゃん」
「いや、確か夏んときもこんなこといって、お前、もうあっちゅう間に冬じゃねえか。すぐだすぐ」

 嘆く益岡だけど、進路用紙を紙飛行機にして遊んでいるのを見る限り、憂いてるようにはとうてい見えない。

 でもそうだな……そんなこと言ってる間に、俺は高校を卒業してるんだろう。
 思えば中学校入学から今まで本当に時の流れが速かった。それが最近、遅いと少しだけ感じる。
 戸惑いや煩悩などのしがらみが、時の流れも食い止めているのかな。

「ほうらっ!」

 益岡が作った紙飛行機を教室の窓から流してしまった。あっと思ったときには飛行機は遠くまで流され、蛇行しながら校庭に落下していった。

「いいのかよ、こんなことして」
「いーんだよ、進路調査とかもう何回かやってんじゃん」
「まあそうだけど」

 あまりにも簡単に投げ出した益岡は窓をより大きく開いて、淀んだ空気を掴むように両手を広げた。

「あー! 何かいざ卒業が近くなるとまだ高校生やっててえって思うなあ。女の子いねーけど」
「おい益岡っ! 何してんだ雨入ってくんだろ!」
「ああ、わりいわりい」

 野次を飛ばされすぐに窓を閉める。本当に、嵐の中何やってんだか。




 この時期は特に何もイベントがないからか、師走に入る前からクリスマスの準備などと街に掲げられている。
 さすがに気が早すぎだろうと思うのは、別に俺に恋人がいないからとかじゃないはずだ。


 窓の向こうを見ると、日中と変わらず風は吹き荒れている。
 シーズンは去ったのに、季節外れの嵐。

 ここのところ連日出勤だ。
 今日は週末だから一人では上がらない。

「じゃ、また来るよ」
「ありがとうございました。さよなら」

 一時間コースのお客様を見送ってから、シャワーを浴びて身なりを整える。

 それから一時間後、うとうとしていると、内線が五回鳴った。
 五回は来店自体も初めての人。男媚を取っ替え引っ替えするお客様もいるけど、これから来る人は完全に初めてらしい。

 こういう店を利用するのが初めてという人は大抵緊張している。 そんな緊張を和らげるのも男媚の仕事のうちに入ってくる。

 最も俺としてはそこまで意識しないけど。

 逆に意識しない方が上手くいくこともあるんだ。


→# [ 51/70 ]
小説top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -