赤く熟れた乳首に伊織がしゃぶりつく。官能的な光景を目の当たりにして頭の中がぐちゃぐちゃになると同時に泣きたくなる。 あちこちにつけられた痕を上塗りするように、強く強く吸われた。 そうしてまた乳首に戻って舌先で突起を転がす。 何かの儀式みたいだ。 感じる。気持ちいい。馬鹿みたいに。 気持ちよくて、甲高い声が自然に上がる。身体が伊織に支配される。伊織しか、与えられる刺激しか見えなくなる。どんどん追い詰められて、下肢に手を伸ばされたらあっという間に達してしまった。 熱を吐き出すと伊織が立ち上がる。どうせまた外に出るんだろうと思ったら嫌な感情が襲ってきて、伊織の腕を掴んでいた。 「どうした」 「……それ、そのままじゃ、苦しいだろ」 今まで見ないふりをしていた領域へとうとう踏み込むのを選んだ。 伊織の引き締まった太ももへ手をそえて、それからベルトを緩めてファスナーを降ろす。 「おい、正気か」 上擦った伊織の声なんか滅多に聞けないからこの際耳にコピーしておこう。 血が集まってる中心へ、手で揉みくだくこともせずいきなり口で刺激を与えた。伊織の手が髪の毛をわしづかみにする。 ──また、髪触る。 「……やっぱ、上手いな」 そう言うのに、伊織が精を吐き出す気配は一向にない。それどころかあまり固くなってもいない気がする。 一回口をそこから離すと上から伊織のため息がふってきた。 「……なんで」 「わかんねーよ。萎える」 さすがにショック、受けた。 「じゃ、何でさっき勃ってたの」 「……お前が興奮してんの見たから」 イマイチ良く分からない。興奮してんの見て欲情するのに、触られて萎えるなんて。 「……店で他の奴らにも、してんだろ」 「……たまに」 「そういうの、想像する」 つまり、他の誰かにフェラする俺を想像するから、萎える? 「俺の手で乱れるお前見てんのが、いい」 一種の独占欲、嫉妬。 そんな言葉が頭に浮かんで羞恥にみまわれた。それが嘘か本当かも分からないのに。 「じゃあどうしようもないじゃん」 「だな」 「女のがいい?」 「それはねえよ」 「……変なの」 「ああ、変かもな」 ふわりと笑う伊織を見て、新聞の記事を思い出す。 “笑わないモデル” 世間で使われる伊織の通り名。 雑誌でもメディア出演でもとにかく笑い顔は見せたことがない。ようやく名前を公開したと思ったらそれ以外は全て、年齢も謎のまま。 「……笑ってるよ」 「笑ってるか」 でも“笑わないモデル”が実は“笑えないモデル”だと一体何人が知るのだろう。 「まだ、笑えないの」 「笑ってるつもりだ」 笑えと指示を出されて撮影された写真の表情はどれも嘘っぽくて──それなら笑わないでいる写真の方がマシだと事務所に判断されたらしい。 伊織の笑い顔は使われることのないままカメラのフィルムに眠っている。 しかし笑わないというのを逆手にとって事務所は宣伝し、話題のタネになるんだから世の中何で成功するか分からない。 「楽しいこと想像しろとか、言われない?」 「何度も言われる。でも何を想像しろっていうんだ」 「……なんだろうね」 俺だってきっと本当の笑顔は作れないし、楽しいことを想像しろと言われても浮かぶものは特にないだろう。 ──光志さんと一緒に笑ってる自分なんて、想像しても苦しくなるだけだ。 「……笑えると、いいな」 いつか来ればいい。伊織が自然に笑える日が。だって伊織は笑ってる顔の方が全然いいから。 本当は笑えないことにもがいているのを、俺はこうして間近で見ているから。 いつも触れながら彼は苦しそうに眉間にしわをよせている。 それが笑えない自分に対する苦しみなのだとしたら──そうかもしれないから、俺は黙って触られる。同時に慰められる。 「……帰る」 服を正して、彼は部屋を出て行ってしまった。 二人きりだった空間に一人置いてかれる。 伊織とこうして触れ合うのが間違いなのだとしても。 『忘れて、……俺を、好きになれよ』 手放せない。 ただの慰めと知っていながら、胸は高鳴る。日に日に伊織に浸かっていく。 伊織の体温は温かい。瞳は綺麗で、吸い込まれる。口は悪いけれど、触れる手つきは優しさに満ちている。 ふとした瞬間に見せる屈託ない笑顔とか、俺しか知らないような切ない表情とか、そういうもの全部……全部、偽りなく見せてくれるから。 勘違いしそうになるんだ、思わず──。 学校で昼食をとっていると視界が急に暗くなる。見上げると太陽を遮る影の主が隣に座った。 伊織と昼飯食べるのは夏休み直前以来だ。 「ひさしぶり」 「学校では、な」 確かに学校ではかなりの久しぶりになる。 「単位足りてるの?」 「計算はしてるから大丈夫」 成績の面では全く問題ない伊織だから上手くやっているんだろう。 伊織は今日も自分で作ったらしい弁当を広げた。 「卒業しても、仕事続ける?」 「まあ、多分な」 「そっか……」 「今は少し、仕事自体にやりがいも出てきたし」 直樹さんから離れるためにやっている。 以前そう言ったのを思い出してか、伊織はそっぽを向きながら付け足した。そんな伊織に笑みを漏らしてしまう。 「なに笑ってんだよ」 「別に」 「……。お前、それだけしか食べねえの」 「? うん、足りてるし」 栄養ドリンクを一本、それを見つめた伊織は自分の弁当を差し出した。 「ほら」 「え……だってそれ、伊織のじゃ」 「俺はいい。……食べないお前見てる方が心配だ」 たまにストレートに言葉をぶつけられると、どうしていいか分からなくなる。 「……でも」 「口移しがいいか?」 「!? わ、分かった、食べるから」 冗談と分かっていても顔を覗き込んで来る伊織に焦ってしまう。 今度は相手に笑われていたたまれなくなった。 「変な所で初心だな」 「うるさい」 伊織の手から奪うようにして箸をとると、また伊織がくすくす笑う。ああ、もう。 「……なに食べていいの?」 「何でも好きなのどーぞ」 「……ん、じゃあ」 オーソドックスな卵焼きを箸に取って口へ運ぶ。 「……お、いしい」 想像してたよりも遥かに美味で素直に驚いてしまった。 塩加減とか、自分の好みはそれといってピンと来ないけど合っていると思う。 「意外そうに言うなよ」 「いや。本当に上手くて。すごい」 「……こんなことで、あんまし褒めるな」 人が素直に褒めてんのに、その言い草はないんじゃないか。 伊織を睨むと、その耳か赤くなってるのに気付いてまた驚く。 不器用で、気持ちの伝え方も上手くない。 孤独でいた日々、人と関わるのを避けていた日々。 「……伊織」 「なに」 「……」 抱きしめたいって、どうしてこんな気持ちになるんだろ。 俺たちって似ているのか。 だからこんなふうに寄り掛かれるのかもしれない。伊織の前だとついつい弱い自分を見せてしまう。伊織も黙って受け入れてくれるから、余計に。 伊織の隣が、心地好い。 ワイシャツの裾を軽く握って伊織の腕に耳から顔を寄せた。 「お前は……俺の理性でも試してんの」 「は……」 →# [ 50/70 ] 小説top |