仕事をしていて、ハプニングは何度もあった。
それでもこういうことは初めてで、咄嗟に面倒だと感じた俺はここは行為に持っていくのが正解かと思って。

しかし相手から出てきたのは予想外の。

「汚え……」
「は?」
「何してんの、お前」

唐突に突きつけられた軽蔑の眼差しと冷たい言葉。
それでようやく確信した。どうやら正規の客ではないらしい。

よく考えれば当たり前だ。普通の客だったらこんな早くノックもなしに来るはずがない。
それに、彼は今俺のことを。

「……へらへらそこに突っ立ってんじゃねえよ」
「え……」

未だに状況が掴めていない俺を置いて、青年は部屋から出て行った。

「……」

俺はといえば、唖然として立ち尽くしているだけだった。

誰だ? 何だ?

明確な疑問にすらならない疑問符。

ハッとしたときにはもう随分時間が経っていた。

気付けば本来の客からないがしろに抱かれていて、意識を失い。

その青年は夢にも出てこなく。

変わりに、次の日の午前中から、その正体を俺は目撃することになった。
有宮 伊織という、同級生の彼を。




 * * * *


夜は喘ぎ、客を存分に満足させる男娼にだって普通の生活はある。
それにしたって昼間高校に通うような奴は滅多にいないけれど。

付けられた痕も、唯人という名前も店に置いて、今日も同じように校門をくぐる。

「はよ」
「おー」

こうして同じクラスに入るのも3年目だった。
3年間クラス替えが全くない制度は交友関係が広くない俺にはありがたい。
あまり高くない身長。女みたいな名前。
男子校の中では、少しだけ目立っている──程度だと信じたい。

始業ギリギリに登校して、それでものんびりと席についた途端、隣の席の益岡が話しかけてくる。

「おい、唯。さっきから伊織がうちの教室の前に立ってっけど――ていうか、お前をチラチラ見てるぜ、あれ」
「? 誰のこと……」

伊織などという名前に聞き覚えがなくて、素直に教室のドアに目をやる。

「あ……」

今まさに昨晩と同じ状況にあるな、と思った。


他クラスの生徒全員の顔と名前を知っているわけじゃない。
なんとなく、察しはついていた。同じ高校生だと。

だって、そうじゃなきゃあいつが俺をあの場で「唯」と呼んだ説明がつかない。




「……いおり?」

凄んだ目でこちらを見たかと思えば、昨晩俺の元に来た彼はすぐにその場からいなくなった。
なんだ、と拍子抜けした様子で益岡は上を見上げた。

「さすがのお前だって知ってるだろ。有宮伊織」

「いや、知らない」

「マジで? いろいろ有名だぜ、あいつ」

益岡の言葉に、周りのクラスメイトも反応した。どうやらみんな知っているらしい。

噂話に乏しいのは分かっていたけれど、さすがの俺でもといわれるということは、その伊織という人物は相当に名を馳せているのか。

「すっげえ秀才ちゃんなんだよ。で、その反面親はヤクザとか、その手の筋らしい。それにあんなナリだろ? スカウトされたことだって、何度もあるって」

益岡が流暢に彼の噂を語ってくれた。

一つ一つはなんとか分かりそうなものだったけど、それが全部重なると途端に嘘っぽくなる。
スカウト何回もは、さすがに嘘だろ……。
思いつつも、伊織の容貌を頭の中に浮かべた。

俺と同じくらい深いブルーブラックの髪。
長身で、一本綺麗な軸が通ったような身構え。
刺すような鋭い目つきと――目つきは、俺を見ていたからか。



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