何一つ嘘じゃないって。

 じゃあ、嫉妬してると言われたのも、好きだと言われたのも、全部?

「親父のことはもう関係ない。……好きだったんだ、唯……。ほぼ、最初から、今でも変わってない。今でも、唯を想っている」

 付き合っていたときさえ、滅多に言われなかった言葉。

「う……」

 嘘だ。

 言いたかった言葉は、光志さんの腕の中に飲み込まれた。
 彼が触れる背中から、ぴりぴりと何とも言い難い刺激が身体全体に回って暴れる。

「嘘つくのはもうやめた」

「……こ、こうしさ」

「知られたときは、もう終わりだって諦めたフリしたよ。だって俺は唯を騙していたのと変わらないから、手放した。でもな……唯、ここにいるってことは、唯も──」

「離して!」

 今度こそ自分から光志さんを振り切った。

「……唯?」

「さ、最初から好きだった? 嘘だって? ……そんなの信じられるわけ」

「じゃあどうして俺はここにいるんだ?」

「それは……」

 本当は分かっている。
 光志さんの顔を見れば、何が彼の“本当“かだったことぐらい、容易に。


 ──俺が最後に絶望を突き付けられても、それでもまだ光志さんを好きだったのは。

 付き合っているときの彼の触れ方がとても優しかったから。
 微笑みかけてくれる笑顔が、温かかったから。

 こんな俺を、本気で想ってくれていたから。

「なあ唯、最後の日、覚えてるか? あの話も、全部本当だったんだ。本当に……俺は唯となら、乗り越えられると思った。だからあの日、ホテルに行って話したんだ」

 それから、俺を突き放したのも。

 ……わかる。
 分かるよ。光志さんの言いたいこと全部。


 だってこれから俺も同じことする。

「………………で、だから?」

 ここで手を伸ばせるほど、世界は都合よく出来ていないし、俺は器用な人間じゃない。

 どうしてはまらないんだろう、ピース。
 どうして俺のパズルには、いつまでも完成が見えないんだ。

「……光志さんが俺を好きだったとしても、俺の気持ちは? 俺は最初から光志さんを好きじゃなかったよ。俺の方こそ、遊びだったんだよ?」

 恋愛感情で好きって言えない。
 そう、答えたはずだ。確か。もう遥か遠くのことに思える。

 俺の冷たい声に目を見開く光志さんから背を向けた。

「今更来て実は好きだったって? 勘弁してよね」

 震えるな。
 演技は何度だってしてきたじゃないか。

 ちゃんと言葉、紡がなきゃ。

「俺が……俺がどんだけ、憎んでいるかも、知らないで……」

 本当は、ここで走り去らなければいけないのに、足がすくんで動けなかった。とことん、中途半端。

「──それが、唯の本心?」

 背後からする光志さんの声は落ち着いていて。

 俺は黙ってそれに頷いた。



「それ、もう一度俺の目を見て言ってよ」

 無理だよ。
 そんなことしたら、ボロが出るに決まってる。

「……もう目なんか会わせたくない」
「唯、こっち向けよ、ほら──」

 光志さんが指を伸ばしてくる気配を感じた。

 地面を蹴るのがあともう数秒遅かったら、恐らく俺は彼に引き寄せられていただろう。

「……ッ……!」
「唯っ!!」

 公園から無我夢中ででていって、後は何も考えずに、街中を疾走した。例え光志さんが追ってきても、捕らえられないよう。

 流れていく風景に溶けてしまいたい。積もり積もった関係や間柄など全て、溶けて消え行けばいいんだ。

 どうして俺はあの場所に向かってしまったのだろう。

 今更考えてもどうにもならないことを後悔した。先見の明を誕生日プレゼントに誰かくれないのかな。



「……はぁッ……!」

 息が苦しいほど走って、走って、立ち止まったのは住宅街だった。
 自分の足で行ける場所なんて、たかが知れている。それでも彼から逃げることは出来た。

 全速力で走るなんて久しいことだったから、足元がふらついて仕方がない。走り続けていたら、気持ち悪くて吐いてしまいそうだ。電灯が等間隔に燈る道路の上、たまらずうずくまって膝に顔を埋める。

 ──俺は光志さんが好きで。
 そして光志さんも俺を好きなんて。

 そんな奇跡的なことが、嬉しくないはずがない。

「……っ、うっ……」

 嗚咽になるようなならないような声は風にさらわれていく。



 俺はしばらく夜の風景に同化していた。
 誰が来るのを、待つわけでもなく。






 side.唯



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