次に目を開けば、暗闇の中にいた。

 重い頭を上げて身体をひねらすと、傾向塗料で光る時刻は21時前だと告げている。
 思ったよりもずいぶん眠ってた。久しぶりの熟睡だ。頭は半覚醒的な感じだけど、身体は眠る前より軽い。

 電気──どこ……。

 どうにも分からない。仕方ないから辺りをさぐって立ち上がる。
 枕元に置いてあった封筒が手に当たったから、それを持って外へ出た。途中いろいろぶつかった気がするけど、ご愛敬だ。

 壁が白いライトの光で照っている廊下から階段を下りる。また更にあった廊下の先、一際強い光を漏らすドアがある。
 そこへ吸い込まれるよう近づくと、伊織と直樹さんの会話が届いてきた。

「何でこんなに早く帰宅してるんだよ」
「唯はどこだ」
「俺の部屋で寝ている」

 どうやら直樹さんも今帰って来たばかりらしい。
 そりゃ、あんな一方的な電話では納得していないだろう。
 迷惑かけたかな。

「寝ている? 何したんだ」
「何って、何もしてねえよ」

 風邪を引いたとは、直樹さんにはあまり知られたくない。
 そんな俺の考えもお見通しのように、伊織は曖昧に応えていた。


「気に障ったか? 従業員かっさられて」

「どうせ何か理由があるんだろう? ただ……何でそんなに、唯に近づくんだ」

 何故か扉の向こう、伊織の姿が見える気がした。
 顔をうつぶせ、くくっと笑みをもらし。

「好きだから」

 …え?

「──って言ったら、どうする?」

「……」

「そんな深刻そうな顔すんなよ。元はといえばあんたが兄貴に頼んだんだろ。そうじゃなきゃ俺はあいつの存在も知らなかったぜ」

 心臓、止まったかと思った。

 伊織の冗談はタチが悪すぎる。

 でも、そういえばそうだ。光志さんとの出会いがなかったら、伊織とも出会わなかっただろう。例え同じ学校にいても。何だかとても皮肉めいている感じがする。

「別にいいだろ。俺の行動なんて。それとも何、俺があいつとナカヨクしちゃ困ることでもあるのかよ」

「いや、別に悪くはないが……いや、いい。唯が気を悪くしていなければ、いいんだ。で、唯は今日このまま泊まるのか」

 直樹さんの言葉にはっとして、俺は咄嗟に扉を開いていた。二人が一斉にこちらを向く。直樹さんはソファーに座っていて、伊織はそこから少し離れて立っていた。

「あの…」

「唯? 起きてたのか」

「今、起きたところ。伊織、寝床ありがとう。その、今日はもう帰るから」

「唯がそう言うなら……いいな?」

 直樹さんが伊織に振り返って聞く。

「何で俺に聞くんだよ」

 伊織は首を振って、部屋から出ていこうとこちらに歩を進めて来る。



 すれ違いざま、ぽつりと俺だけに聞こえるの音量で呟いた。

「よく眠れたか」

 彼が横目に見る中、俺は小さく頷き肯定を表す。

「具合は?」

 また、首を上下させる。
 身体についてはそれこそまだ本調子じゃないが、後は寮で寝ていれば大丈夫だろう。

 伊織は俺を見たあと俯き、そのまま、開いた扉から出て行ってしまった。


 残されたのは、直樹さんと俺。

「あっ、えっと」

 直樹さんは入口に立っている俺を手で招き寄せた。

「そんな寒いところ入ってないで、もっと中来い。喉乾いてるだろ」

 台所にグラスを取りに行ったのを見て、俺は慌ててそれを制する。

「いや、そんな気遣いいいよ。もう出ていくし」

「まあ、飲め」

 結局渡された麦茶を拒むことも出来ず、俺は喉へ少しずつ流し込んだ。
 喉が渇いていたのは言われた通り。冷たい液体が体内を滑っていった。

「…勝手に家上がり込んで、ごめんなさい」

「どうして謝るんだ。伊織が連れてきたんだろう」

「まあ、それはそうだけど」

「…嫌な思いは、してないか?」と直樹さんは、ばつの悪そうに声を潜める。

「なんで? 全然、嫌じゃないよ?」

 俺はなるべく、あっけらかんと平然に聞こえるよう言葉を返した。

 直樹さんはそれを意外そうに受け止め、それからこほんと咳払いする。

「…なあ唯、仕事、辞めてもいいんだぞ」

 まただ。直樹さんからその話題を持ちだされるのは二回目。一回目は中学卒業時だった。あれが直樹さんにはっきり自分の意見を告げた最初だ。



 俺の意思は今も変わらない。

「辞めないよ、俺は……まだ」

 住むところを与えてもらって、その上普通の高校男児として生活できるようにいろいろしてもらっている。
 あの男から、直樹さんに着いていくのを選んだのは、直樹さんの元で働くと決めたのは俺だ。

「……そう、か。ところで唯、それは何だ?」

 手に持っている封筒を指差され、俺はあっ、と要件を思い出した。

「直樹さんに渡そうと思って、伊織から貰って来た。渡すことは言ってないけど」

 誰かの伊織に対する思いがこもった手紙。
 他人が読むのはよくないだろう。

(……ごめんなさい)

 送り主に謝りながらも、直樹さんに手渡した。

「これ、伊織のファンレター」

「伊織に?」

 直樹さんは、伊織とファンレターという単語がまるで結び着かないといった様子でその封筒をながめ回す。

「うん、知らなかったでしょ。読んでもらいたくて」

 どうして、とでもいいたげだけど、俺は答えない。

「直樹さんは、伊織のこと嫌ってる?」

「……考えたことなかったな」

 それでいいんだ。

 綺麗ごとだとは思われても。
 嫌いとか好きとかいう次元じゃないって、俺は、そういうものであってほしかった。

「じゃ、お邪魔しました」

 要件はすんだ。一礼をして、部屋から去っていきざまに、直樹さんの声が俺の背中にかかる。

「唯、後で風邪薬渡しに行くからな」

 ……気付かれていたんだ。

 叶わない。

 全く、似た者親子だ。



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