* * *



ある晩、学校から直行で店に入り、部屋に行こうとする直前、オーナーの直樹さんに呼び止められた。

「唯、これからもう少し客増やしてもいいか?」
「どっちでも」
「そうか。じゃあとりあえず今日は二人相手してもらうな」

二人。
決して多い人数じゃないけど、基本的に毎晩一人しか相手にしてこなかった俺にとっては初めての数だ。

「了解。それより直樹さん、ここでは本名で呼ぶのやめてって」

「ああ、そうか。じゃ、行ってこい“唯人”」

マウスを適当にカチカチと操作しながら、いつものスタイルで直樹さんは俺を見送った。

直樹さんは俺を拾ってくれた人だ。
俺が普通に会話できる数少ない大人といってもいい。

けれどこの人は、俺のことを商品としか思っていない。

──何人いるんだろう、俺のことを「橋本唯」として見ている人。

学校はただの時間潰しの場所だけど、それなりに他の生徒とコミュニケーションをとったり、行事に参加したりしている。

男子校だから気兼ねなく過ごせるし、喋らない奴はいても嫌いな奴はほぼいない。

でもどこか違う世界だとも感じていた。

結局のところ、俺にとっての居場所は、ずっと「Dolce」だった。

悩んだって無駄なのは分かっている。

それでも「あの人」は、俺を俺として見てくれているのかと思ってしまう。
そんな奇跡みたいなものが真実だったとして、もしそうだったら俺は、嬉しいのか。

もやもや考えている内に、ノックをする音がした。
確か今日は初めての相手だったはずだ。

「いらっしゃいませ、どうぞ」
「おや、君は……随分若いね」
「写真見ましたか? 変更しますか?」
「いや、いいよ。そういうのも逆にそそられる」

ほら。
今日も、ロクな相手じゃない。


心の奥で笑うことも久しく忘れていた。




「……はあ」

息をついてから、いけないと身を引き締めた。
最近無意識に溜息が出過ぎる。行為後は特にそうだった。

アブノーマルな仕事。
身体を売るとは、相手に身を捧げるということ。

人の趣味だって多種多様。
俺みたいなのを泣かせたかったり、傷つけたかったり、行為の前にお喋りをしたいなんて稀な客もいる。

今さっき出て行った相手は、幾つもの痕と痣を身体に残した。
本来そういうことには拒否権があるけど、それで客が満足するならいい。


『若いのに可愛らしさで勝負していないんだ』というようなことはよく言われる。
この界隈では学生すなわち可愛らしさなんて属性がよくあるらしいけど、必要以上に媚を売ることは苦手だ。

だからだろうか、俺のお客様は度々比較的激しい行為を要してくる。
翌朝学校に行けないことも今まで何度かあった。

「……まず」

ベッドから起き上がり、備え付けの鏡で確認すると、鎖骨周辺だけでゆうに6個はつけられていた。

「シャワー浴びて来よ……」

今日は続けて次の客も来る。
早めにシャワーを浴びようとベッドから立ち上がったそのとき。


扉が、開いた。

「!?」

いくらなんでも早すぎる客の登場に、俺は思わずその場で固まってしまった。
しかし扉を開いた相手を確認した瞬間、俺の脳はさらにパニックを大きくした。

「……唯」

俺の名前を呟く、そこにいたのは俺と同じくらいの青年だった。

沈黙が、僅かに流れた。


「……えっと、今日の指名の人ですか? まだ時間が───。それとももう、始めます?」



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