(そうだ……こいつは……)

 同情なんて、レベルじゃないから。

「……最初から間違いで、嘘だったんだよ。俺は光志さんのことなんか好きじゃなかった。なんとも、思ってなかった」

 今こそ辛辣な言葉を叩きつけるのに絶好なチャンスなはずなのに。

「……間違いなんかじゃねえよ」

 伊織はときどき、俺の心を貫く。
 なのに、俺の後頭部を支えるその手つきはどこまでも柔らかかった。

 促されるまま、伊織の腹部に顔を埋める。

「恋愛に、間違いもくそもねえ」
「……おかしいよ、お前……」

 俺のこと、あれだけ荒んだ目で見ていたくせに。

 どうして俺を、認めようとするんだ。

「……いけなかったんだ。俺は……最初から、あの人を好きになっちゃいけなかった」

「……いけなくなんかねえよ。好きに、正解も、間違いもねえ。ストッパーなんかかける必要ない」

 世界はちっぽけで。
 俺もちっぽけな存在で。

 そのちっぽけな中で、足掻くことも、許されないはずなのに。

「誰だって、自由に幸せを求めていい」

 伊織の落ち着いた声で言われると、本当にそう思えてくる。


「……好き、で、いいの?」

「……ああ。いいんだ」


 好きだったんだ。

 俺は光志さんのこと、好きだった。


 一度認めてしまうと、まるで当たり前のように染み込んできて。

 朱色の灯り鈍く広がる部屋、俺はより強く伊織の服へ体重をかけていた。


「すき……すき、すきだ、光志さ、」

 いくら伊織の中で言っても、もう届かない。

「サイアクだ……なんで、お前の前で……サイアクだ……」


 俺の頭を伊織が撫でる、その手つき。

 光志さんが伊織に似ているのか。
 伊織が光志さんに似ているのか。


 どちらとも分からずまま、俺はひたすら嗚咽を漏らしていた。

 もう届くことのない言葉を、無意味に。


「……それで、いいんだ。辛ければ、流せばいい」

 辛い。
 辛い、辛いんだ。
 張り裂けそうに、胸が痛い。
 今だけだ。もうこんなのは、今だけ。


「受け止める人間が、お前にもいる」


 伊織が俺を、受け止めた。




 side唯.


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