(そうだ……こいつは……) 同情なんて、レベルじゃないから。 「……最初から間違いで、嘘だったんだよ。俺は光志さんのことなんか好きじゃなかった。なんとも、思ってなかった」 今こそ辛辣な言葉を叩きつけるのに絶好なチャンスなはずなのに。 「……間違いなんかじゃねえよ」 伊織はときどき、俺の心を貫く。 なのに、俺の後頭部を支えるその手つきはどこまでも柔らかかった。 促されるまま、伊織の腹部に顔を埋める。 「恋愛に、間違いもくそもねえ」 「……おかしいよ、お前……」 俺のこと、あれだけ荒んだ目で見ていたくせに。 どうして俺を、認めようとするんだ。 「……いけなかったんだ。俺は……最初から、あの人を好きになっちゃいけなかった」 「……いけなくなんかねえよ。好きに、正解も、間違いもねえ。ストッパーなんかかける必要ない」 世界はちっぽけで。 俺もちっぽけな存在で。 そのちっぽけな中で、足掻くことも、許されないはずなのに。 「誰だって、自由に幸せを求めていい」 伊織の落ち着いた声で言われると、本当にそう思えてくる。 「……好き、で、いいの?」 「……ああ。いいんだ」 好きだったんだ。 俺は光志さんのこと、好きだった。 一度認めてしまうと、まるで当たり前のように染み込んできて。 朱色の灯り鈍く広がる部屋、俺はより強く伊織の服へ体重をかけていた。 「すき……すき、すきだ、光志さ、」 いくら伊織の中で言っても、もう届かない。 「サイアクだ……なんで、お前の前で……サイアクだ……」 俺の頭を伊織が撫でる、その手つき。 光志さんが伊織に似ているのか。 伊織が光志さんに似ているのか。 どちらとも分からずまま、俺はひたすら嗚咽を漏らしていた。 もう届くことのない言葉を、無意味に。 「……それで、いいんだ。辛ければ、流せばいい」 辛い。 辛い、辛いんだ。 張り裂けそうに、胸が痛い。 今だけだ。もうこんなのは、今だけ。 「受け止める人間が、お前にもいる」 伊織が俺を、受け止めた。 side唯. →# [ 28/70 ] 小説top |