学校に到着すると伊織が殴られていた。

「お前、調子乗ってんじゃねえぞ」

 3人で1人を囲んで少しは恥ずかしいと思わないのだろうか。

 玄関先に呼び出されたはずなのにそこに伊織の姿はなく、いたのは体育館裏だった。
 出向いたのは純粋にそこから音がしたから。
 しかし分かりやすい暴力だ。

 まさか伊織が蔑みの対象なんて想像もしなかったけど、純粋な嫌悪や僻みや妬みは高校男児につきもの。伊織の場合は間違いなく妬みだろう。
 あまり人当たりがよくなさそうな性格が標的にされることもあるのかもしれない。

 でも馬鹿だな、伊織相手になんて。親がヤクザという噂を知らないわけでもないだろうに。
 逆にそれだからこそ、のさばる男たちに目をつけられるのか。

 伊織は反抗していなかったが、俺の砂利を踏む音を聞きつけたのか、目があった。その瞬間周りの男たちへ拳を繰り出した。
 さすがに急に反抗されると思わなかったのか、あっさりと周囲の男たちは蹴散らされる。伊織は倒れた男たちへ見向きもせずに俺の方へやって来た。

「……行くぞ」

 現場を目撃されたのが不本意だったのか、いつも以上に機嫌が悪そうだった。

「……いい気味か?」

 どこへ向かっているのかは知らないけど、歩いている途中で伊織は吐き捨てるように聞いてきた。俺は答えない。

 草茂みに覆われている、学校の敷地内なのかどうか微妙な場所で立ち止まり見た伊織の顔の端には切り傷が出来ていた。

 俺はポケットから絆創膏と湿布を取り出す。痕とかを隠せるように、いつでも持ち歩いている必需品だ。
 伊織が口を開く前に、傷口へ湿布をあてた。

「……なに、してんだ」
「……治療」
「いらねえよ」
「何言ってんだよ。そのままにしといたら痛いだろ。身体、大事にしなきゃ」

 どこかで聞いたような言葉が素直に出ていた。
 伊織は面食らったように眉を潜め、顔を逸らした。

「……こんなの舐めとけば治る」
「じゃあ、舐めるか?」

 伊織の顔を見上げて睨むと、何が可笑しいのか伊織は突然笑い出した。
 そんな表情見たことなかった俺は唖然としてその場に立ち尽くす。

(こんなふうに、笑うんだ……)

 笑った方が、よっぽどいい。
 雑誌に載っていたこいつなんかより、全然。

 全然、格好よかった。


「……何で、黙って殴られてたの」
「あいつらの女を寝とった」

 正気か、と伊織を見るとさきほどまでの笑顔が消えている変わりに別の笑いが浮かんでいた。

「らしい、ぜ。俺は女を寝とった非道な男」

 らしい、って、完全に間違った因縁つけられたってことじゃないか。

「んで、そんな勘違い……」

「目立ってるだけ、女の言い訳に名前も使いやすいんだろ。俺は好きだぜ、直接殴ってくる正統派は。影でこそこそ汚えやり方されるよりよっぽどマシだ。それに……」

 実感こもった口調は、今まで汚い方の仕打ちも受けてきたのだと暗に示していた。

 伊織はさきほど男たちを殴った手の平をひらひらと空中で遊ばせる。

「殴られるより、殴る方が痛い。……って、どこ行くつもりだ」

 振り返って走り出そうとすると伊織が肩を掴み阻む。

「さっきの人たちのとこ行って、誤解を解かなきゃいけないだろ」

「放っておけ。勘違いさせておけばいい。別に平気だ」

「平気なわけないだろ。濡れ衣着せられて、そんな……」

「俺だってお前を汚えって言った。あいつらと同類だ」

「それは……」

 俺の場合は本当で。

 伊織の場合は、誤解だ。



 小さく言うと、それ以上に伊織は消え入りそうな声で。

「お前の方こそ、誤解だ……」

「? なに……」

 上手く聞き取れなくて聞き返すが、伊織はそれには応じず。

「何でもねえ。いいんだよ俺のことは。部外者が口挟んだって余計にたきつけるだけだ」

 いろいろ言いたいことがあったけど、離れたら逆に伊織が激情しそうで、俺は結局その場から動けなかった。

(人に勝手なレッテル貼られて、平気なわけないのに……)

 だって、誤解でない俺だって、侮蔑の言葉をぶつけられたら本当は──……。

 伊織は、自嘲気味に笑っていた。笑えるわけ、ないのに。そんなの間違っているのに。

「……なんて面してんだ、馬鹿」

 そんなことを言われても、鏡がないから自分の顔を確認しようがない。
 伊織に向き直ると、伊織の手で髪の毛を乱された。
 何だこれ、何で俺が慰められているみたいになっているんだ。

 伊織はすぐに俺から手を離し、湿布を指差して。

「まあ、とりあえずこれは大人しく受けとってやるよ。……で、んなことより、もっと他にすることがあるんじゃねえの」

 言われて昨日のメールを思い出した。

 あのあと、俺がどういう意味だと返信すると、翌日である今日に学校に来いと時間もきっちり指定されて返信が来た。
 未登録の見覚えあるアドレスはやはり伊織のものだったというわけだ。

「……最初から、知ってたんだ」

 ウリをしているくせに恋人がいること。
 だから、侮蔑の眼差しだって送られた。当然だ。

「光志、だろ」

 名前までバレているときた。ああ、本当にやりきれない。

「……何で、知ってるの?」

 光志さんとのことは直樹さんにだって教えていない。誰も知らないはず、なのに。

「あいつと付き合っていたからだよ」

 驚きで言葉も出ないでいると、伊織は面白くなさそうに嘆息する。

「……そんなに簡単に騙されるな。嘘に決まってんだろ」
「なっ…!」

 性格がいいのか、悪いのか。
 つくづく掴めない。

「じゃあ、何で知って……」
「言っていいのか?」
「?」
「それで唯が満足するとも限らない」

 ……本当に、わけが分からないことだらけだ。

「言ってよ。そのために呼んだんだろ」
「……その前に、もう一つ」



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