きみの、いき  弐





 * * *





よくよく見れば光志の髪の毛は中途半端に伸びていた。いつも綺麗に整えている光志にしては珍しい。

「髪、切らないの?」
「少し伸ばそうかなって。今お試し中。短い方がいい?」
「どっちでもいいよ」

メールで言っていた連れてきたい店というのは焼き鳥屋だった。
光志の予定が合わなく、結局五月に延びた、デートのようなもの。

最近出来たばかりの店らしく、焼き鳥屋という今まで俺が持っていたイメージを覆すようなオシャレな内装だった。
カウンター席からは調理の姿も見れるが、光志と俺はしきりのついた座敷にいた。
あらかじめ光志が予約してくれていたらしい。

酒が飲めない未成年だけで来ていいのかとも思ったが、光志は構わず店員へリキュールを頼む。

「大学生になると、もう年なんか関係なく飲むよ」
「じゃあ俺も」
「オレンジジュースにしておきな」
「嫌だよ」

笑ってからかう光志を無視してカクテルのソーダ割りを頼んでいた。

「…大学生活、楽しい?」
「うん、それなり。珍しいな、そんなこと聞いてくるなんて」
「そう?」
「そっちは? 最高学年になって」
「別に……何も変わらないよ」


昼間は学校に行って、夜は身体を売る。
生活リズムは何も変わっていない。

「進学するんだっけ?」
「分かんない。しないかも」

本当は出来るような状況にない。
高校を卒業したら今よりバイトを増やしひたすら働いて、お金が充分たまったら、直樹さんから自立する。
それが今描いている最高のビジョンだった。
けれど最近までは、そんなこと必要ないとも思っていた。

この身体が使えなくなるまでウリをしていれば。

でも、光志がいる。

俺は卑怯だ。
ボーイを止めれば、光志と向き合えるかもなんて、心のどこかで。

「……やっぱり、何かあった?」
「え?」
「いつもと、違う」

生活リズムは変わっていない。
それ以外、例えば普段の日常で。

俺の中の登場人物が一人増えた。

どうして光志はいつもそうなんだろう。
俺の些細な変化を見逃さない。それでいて俺の全部を知ってこようとしない。

「……男に、キスされた」

全部暴こうとしてこないから、こっちも部分的に話す。
一カ月前くらいのこと、思い出した。思い出すのは一カ月ぶりじゃない。何度追いやろうと思っても消えない映像。

「同級生?」
「…の、ようなもの」

同級生のようなものって、何だ。
今の俺と伊織を表す関係にハッキリした名前をつけられなかった。

「無理やり口に?」
「無理やりっていうより、いきなり、かな」
「それは許せないな」
「ごめんなさい」
「唯じゃない。その男が、許せないよ」

反応を図るような真似をするつもりじゃなかったけど、光志の態度には驚いた。
てっきり「ふーんそうか」と、そのくらいの薄さで終わるかと。

「何その顔。俺が嫉妬しないとでも?」
「嫉妬……してる、の」
「当然だろ。彼氏なんだから」

あ、また。
胸の奥で得体の知れない何かが疼く。

「その反応は反則だな」
「え、なに」
「煽る」

思えばずっと考えてきた。

俺の何が光志を惹きつけたのだろう。
どうして光志は俺を選んだのだろう。

恋人が既にいたというのに、その人と別れてまで。

「そういう唯の表情一つ一つ、全部、俺を煽るよ」

光志の指が俺の髪に触れた。
台を挟んでいてよかった。身体ごと持っていかれそうになるのは避けられるから。
光志じゃない、俺が無性に光志の体温を感じたくなっていた。

「……光志さ、ん」
「懐かしいな。さん付けって」

四ヵ月前まではまだその呼び方だった。

「やっぱり、光志さんが合ってる気がする。年上って、感じだから」
「恋人より先に?」
「そうじゃなくて……」

そうじゃなくて。

光志さんって、そう少し距離を置いておけば。

(……俺は……)

そうやって保険をかけなきゃいけないくらい、この人に。


「…分かった。唯の呼びたいように呼べよ。立場に変わりはないもんな」
「……うん」
「それよりキスの方が気になるな。どんな男? 仲いいの?」
「ただ喋ったことがあるってだけ。それに、相手も冗談でやったぽいし、大丈夫」

“お前、俺を好きになれ”
囁かれた言葉の真意は、掴めない。

「そっか。……負けたな」
「え?」
「俺じゃ、毎日傍にいれないから。同じ学校で、同じ年ならいつも唯のこと見れられるのに」

こんなふうに言われたことなど今までなかった。

いつも余裕があって、大人っぽくて、俺なんかでは到底届きそうにない場所にいるような人。


好きなのかもしれないと告白してきたように、まだ心もあやふやなまま、俺の隣で笑っているんじゃなかったのか。

顔を真っすぐ見られなくて俯くと、光志さんの手は俺の頭のてっぺんに上った。

「……年とか、そんなの、関係ないよ」
「うん、関係ないって、思えるようにならなくちゃな。でも不安になるもんは不安だから」
「なんで?」
「好きだからだよ」

顔を上げると、俺の視線を捉えるように、光志さんは直視していた。目が逸らせない。光志さんの瞳に、絡め取られているみたいだ。

「……かもしれない、じゃ、なくて?」
「そんな時期、とっくに過ぎている」



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