言葉は少ないのに、いちいち俺の反応を煽る。
動揺が走った。
学校での唯か、男娼の唯人か、どっちの俺でも接することができない。

そこにはさっき見た光志の姿も父親の姿も、そして直樹さんも重なって、伊織という人間が分からなくなっていた。

「なすがままに受け入れるだけじゃねえの」
「お前は、客じゃないだろ」
「……」

ただの、同級生。
本当に?
こうして俺の寮にまで来ているじゃないか。男に身体を売る俺を汚いと言いながら、さも簡単にキスをした。

「親権は、あの人じゃなさそうだな。それだったら、まだいい」

その場に留まることをせず、伊織は玄関へと逆戻りしていった。
俺は力が抜けて起きかける気も起きない。

親権って、何の話だ。
結局伊織はそのまま玄関の扉を開いて、挨拶もせず、ただ一言言い放って出て行った。

「親父にも呆れる。あんたを拾うなんて。物好きだ」

バタリと無情な音が部屋に響き渡った。


親父?

(俺を拾う……物好き)

一つの考えが頭に浮かんだ。でも、まさか。

(伊織と直樹さんは、親子……!?)


それだったらあの二人が知り合いだったことにも、直樹さんが伊織に驚いたのも怒鳴ったのも納得が出来る。

でも直樹さんと伊織にはどこか一枚隔たりがあるような、そんな感じがした。

だいたい直樹さんに子供がいるなんて聞いていない。
既婚だってことも知らない。

もっとも、それでなくたって俺は直樹さんのことはほぼ何も知らないんだけど。

誰かと深く関わることをしたくなかったから、情報にも耳を塞いできた。

「……なんだってんだよ」

突然のキスに衝撃の事実。
自分の身の上話を伊織に話したことなんて、とうに掠れていた。

それでも、伊織が俺の話に何の反応も返さず、ただ予想外の行動に移ったのをどこか安心している自分がいた。

――伊織は直樹さんのこと、「あの人」と言っていた。

冷たい響きだった。
もし本当に親子ならそれが信じられないくらい。
俺があの男のことを名前で呼ばないのとは違う。

(……益岡、お前の噂話はやっぱりいい加減だ)

伊織の父親がヤクザかそこらの筋なんて。
ヤクザじゃない。
「dolce」のオーナーで、俺の世話をしてくれて。それから……。

「……ヤクザ……じゃ、ないよな……?」



アンダーグラウンドな世界にいるのは確かだけど。

何となく、直樹さんのことを知らなすぎて疑問に思う自分が情けなくなった。
今まで意識すらしなかったのに。

嵐の過ぎ去った空間で、学校が終わってから開いていない携帯を確認する。
メールが2件。勧誘メールと光志からのものだった。

『月末、飯食べにいかない? 連れて行きたい店がある』

光志の誘いは気まぐれだ。
連続だったり、1週間以上連絡のないときもあったりする。
そんなスローペースで、3ヵ月ずっときた。

月末って、結構先だ。
最近は割と働き詰めだったから、多分大丈夫。

少しだけ迷って、『分かった』と返信をした。

待ち合わせ場所の確認は必要ない。いつだって、あの小さな公園の噴水前だ。


やることがなくなり、気を抜けば一気に疲労が襲ってきた。
疲れた。
真っ白なベッドに体重をかける。

伊織のことは考えたくもなかった。そうなると、俺の思考は自然と光志との方へ向かう。

(いつまで、こんな関係を続けているんだろう)

光志と俺がずっと一緒に居続けるなんてことは、絶対にない。

こうやって言うときっと光志は「絶対なんて、存在しない」って言うだろうな。

それくらいは、分かる。



消そうと思っても、そのうち結局伊織のことを思っている自分がいた。
まるで光志みたいだった。

(伊織は……直樹さんの子供で……何故か店に忍び込んで俺のところに来て……あれ? 直樹さんが俺のこと教えたのか? あいつが勝手に調べただけか?)

──ダメだ、伊織のことを考えると、頭がこんがらかる。

まるで、存在を拒否するように。

また俺……逃げようとしてる……?

何から?
何に?

(なんかもう……よく分かんねえ……)



そのときは何でもなかったのに、意識が落ちる寸前になって、触れられた唇が今更のように熱を持っていた。



そうやって、確かに動きだしていた。





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