試合開始から数分が経過した。

激しい熱気のぶつかり合い。
特に興味もなかった。
俺の居場所とは違う世界で。
ギャラリーから見る彼らは、あまりにも遠すぎる。

「あれ? 何処行くんだよ唯」
「自分探し」

それとなく席を立った。
椅子に囲まれた狭い通路から抜け出し、体育館の外に出る。



──Ifの世界など考えたらキリがないけど。

例えば俺が、あの日この場所に来ていなくて。
例えば俺が、あんな行動をとらなかったら。

何かが違っていたのか。


──なあ、光志。



「何してんの」

体育館の外でただボンヤリとベンチに座り、雨に打たれていた俺の真上に傘がかかった。

傘を持つ相手の手だけを眺めて、無意識に答えていた。

「……なにも、してない」
「嘘でしょ。何か考えていたから、濡れているんだ」

そこでようやく横を見上げる。
暗めのブラウンの目と髪。
全体的に黒い格好はこの天気によく似合っていた。

なんとなく無視をする気分でもなかった。

「何考えていたか、分かる?」
「知らないよ。俺は君じゃないもの」
「そりゃそうだ」
「そうだね」


茶化すような会話なのに、互いに笑いもしない。

「どうせ君が濡れているなら、俺も濡れてみようかな」

そういって彼は傘を放り投げた。

それが光志との出会いだった。




降り続く冷雨は向き合う二人を浸す。

「それ北高の制服だね。二年生?」
「そうだけど……よく分かるね」
「当てずっぽうだよ。三分の一の確立だ。俺は一個上」

対して言う彼は、このあたりでは有名な進学校の名前をあげた。
それだったら、受験生じゃないか。

「バスケ部の応援?」
「そう思う?」
「会場にきたはいいけど、それからどうしていいか分からなくなった。で、こうやって変なのに捕まっている」
「正解」

未だ何故声をかけられたか分からない俺へ、茶髪の彼はゆったりと質問をしていった。

「どうせヒマなら、少し歩こうか。座って濡れるよりは、立っていて濡れる方が気分がよくない?」

あまり賛同出来なさそうな意見だった。
もしかしたら彼はこうやって何人にも声をかけていて、物凄く交友関係が広いのかもしれない。
どっちにしろ俺には関係ないことだった。

「……もう帰る」
「どこに?」
「え?」
「どこに帰るの、君は」

それは、店の寮──。



「…家、だけど」
「こんな昼間から? 寂しくないの」

寂しい?

さっきから俺の予想外の言葉ばかり返してくる相手に、少しだけ戸惑っていた。

「俺は、高野光志」

初めて出会うタイプの人間だった。

「……橋本唯」
「唯ね。先に言っておくと、俺、同性愛者なんだ」

一瞬何を言われたか判断が出来なかった。
ぞっとするほど、光志の目は強い光を帯びていて、まっすぐだった。

同性愛者。
男しか、好きになれない。


「……おれも」

キツネにつつまれたようだった。そう呟いていた俺に、彼は微笑んだ。
なんとなくそんな気がしたんだ、と。

「けれど君は、俺とは違うね」

大地のうねりのように、俺の中に轟いた。



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