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例えそれが理不尽だったとしても


ある日。

先輩であるカカシさんが、次の任務の打ち合わせの為にボクの家を訪れた。



「よっ!悪いな、休みのところ」

「いえ、こちらこそわざわざ来てもらって」



慣れた様子で家に上がり、テーブルの前に座る先輩。ボクは台所へ行き、冷たい麦茶を用意してから向かい合わせに座った。
任務詳細の書類が広げられ緻密な打ち合わせが始まる。



「しかしまぁ、ボクと先輩のタッグなんて何年振りでしょうね?」

「んーそうだね、暗部以来?」



打ち合わせがある程度終わり、ふと思った事を口にした。

暗部一筋だった自分も今は正規部隊。
最初は面を外し表立った行動に違和感があったが今は反対にそれが板についてしまい、いざ暗部に戻るとなると色々キツいものがありそうだ。

もちろん嫌と言うわけではない。どんな立場であろうとも、自分は変わらない。この力で里を、大切な者達を守るのだから。



「あ、先輩。お茶おかわり入ります?」

「じゃ、もらおっかな」



カカシ先輩の手元を見ると、いつの間にか飲み干したのか空のグラスがそこにあった。
一声かけて台所へ移動し、氷をいれて麦茶を注ぐ。



「どうぞ」

「ありがと。…そういや名無しさんは?今日非番だったでしょ?」

「あぁ、彼女は…」

「歯切れ悪いね。なに、ケンカでもした?」



痛いところを突かれる、というか半分楽しんでいるような気もする。あまり話したくないが、この先輩にそんなものが通じるはずもなくて。

はぁ、と大きな溜息をひとつ溢して経緯を話す。それは朝の出来事。



***



「おはよ、ヤマト!昨日遅かったんだね…もしかしてチャクラ切れでヘバってた?」

「んん…おはよ、名無しさん。その通りだよ…帰ってそのまま寝ちゃってたみたいだ…」

「そっか、お疲れ様。じゃあ出掛けるのはお昼からにしようか」

「…出掛けるって?」

「え…今日はお互い非番だから出掛けようって、昨日の朝言ってたじゃない」

「…あ」



多忙な日々、しかし運よく二人の非番が重なった。
一緒に住んでるとはいえ、たまにはデートをしたいと言っていた彼女。確かに最近はどこも出掛けてなかったので、羽を伸ばそうかと任務に行く前に話していた。

行ってきますのキスをして、お互い任務に出る。

うん、そこまでは覚えていた。が、そこからの記憶は曖昧。


__



Bランク任務で承っていたものが、蓋をあければSランク並っていうね…
チャクラを大量に消費しながら、ヘトヘトで夜中に里へ帰還。

家へ向かおうとすると、見慣れた忍犬…パックンがいた。カカシ先輩からの伝言を伝えに来たらしい、内容は次の任務の打ち合わせ。
どうやら急を要するものらしく、なるべく早めがいいとの事。もう夜も遅く体力も限界、早く帰って休みたい。ひとまず、明日の昼にお願しますと伝えた。



「うむ、少し待て」

「はぁ」



人間には聞こえない忍犬の周波数。鳴き声でやりとりをしているようだ。



「ならば明日の昼に行くとカカシが言っておった。では、しかと伝えたぞ!」

「お疲れ様…」



忍犬同士のやりとり…つまり先輩の近くにもう一匹の忍犬がいるということ。

口寄せで楽をしちゃって…



「自分で伝えに来ようとしないのか、あの人は…。もういいや、早く帰って休もう。その前に名無しさんに言わなきゃな」



いくら任務の打ち合わせとはいえ、出掛ける事を楽しみにしたので悲しむに違いない。
下手をしたら怒ることだってあるだろう、忍の前に彼女はボクを愛してやまない一人の女性なんだから。もちろんボクだって、彼女を愛してやまない一人の男性だ。

だからちゃんと話して、理解をしてもらおう。丸一日、時間はとれないけど打ち合わせが終わり次第出掛けようって。



「ただいま…」



そのまま気配を消しつつ彼女の部屋へ。
名無しさんの任務もハードだったんだろう、いつもなら気配を消しても気付くが珍しく熟睡している姿が其処にはあった。話をしようと思ったが、あまりにも気持ちよさそうに寝ているので起こすのも気が引けるし早めに起きてから言おうと決めた。



「おやすみ、名無しさん」



額に掛かる髪をのけ、キスを一つ。



「さてまずはお風呂…でもその前に忍具の手入れ……」


__



うん、記憶はそこで途絶えていた。
どうやらボクも疲弊して、いつの間にか熟睡していたようだ。

見る見る内に機嫌が悪くなる名無しさん。



「ご、ごめん、実はお昼から任務の打ち合わせが入って…」

「聞いてない…」

「でも終わってからはなにもないから、ね?」

「あーもういい!!」

「ちょ、待って…名無しさん!!」



瞬身の術を使い、目の前から消える彼女。

あぁ、恐れていた事をしてしまった。
名無しさんより先に起きるつもりだったのに…



「とりあえず、今追いかけても逆効果だよね…。はぁ、なにやってんだかボクは」



***



「とまぁ、そういうことです」

「ご愁傷さま…ぷっ」

「ちょっと、笑わないで下さいよ…!」

「悪い悪い。…でも、追いかけた方がいいんじゃないの?」

「えっ、でも逆効果じゃありません?]

「そりゃするとは思うけど…放っておくよりはマシじゃない?名無しさんって、モテるしさぁー。言い寄る男なんて腐るほどいると思うけど?」

「…」



そう言われて、冷や汗が流れた。確かに彼女は可愛くてモテる。

普段はボクがいるから周りは手を出して来ないけど…



「ヤマトとケンカした!とかあの子の口から言った日にゃ…」

「あぁ…ああぁ!!」



そこでやっと事の重大さを知る。
ボクは慌てふためき、カカシ先輩の肩を揺さぶる。



「ちょ…!」

「先輩、忍犬を…パックンを口寄せして下さい!!」

「はぁ?なんでオレが」

「名無しさんの一大事かも知れないんですよ!?」

「いや、一大事なのは、お前であってだな…って!痛ったあぁぁ!?」

「へ?」

「おまっ、なに人の頭思いっきり殴ってんの!?」

「えっ、殴…うわわわわ!?」

「いったあぁぁっ!!」



なにを寝ぼけた事を言っているのかと思った矢先、ボクの手はカカシ先輩の頭を殴っていた。それも軽快よく、何度も何度も。まるで普段の憂さ晴らしのように。

ちょっと待て!
こ、これは…!!



「テンゾウっ、お前…パックン出さないからって腹いせに頭殴るか!それも先輩に向かって!!」

「ち、違う…ボクじゃないです!こ、これは…!」

「雷切…」 

「う、あぁぁぁぁぁぁ!!!」



***



「いたた…」



木遁でなんとかガードをしたが、あちこち痺れて痛い。最初はなにが起こったのか頭がついていかなかったが、今なら分かる。



「…名無しさん、そこにいるんだろ」

「あ、バレた?」

「……酷いじゃないか」

「うん、分かってやったの」



屋根裏から顔を出して、ボクを見下ろす名無しさん。気配を完全に消していたのか、今頃になって彼女がそこにいることに気づく。つまり、ずっと同じ空間にいて…ボクらを見てたと。

そして…



「それでも、ボクを操る事はないだろう?」

「じゃあ、カカシさん操って殴って欲しかったの?」

「そうじゃなくて…はぁ」

「ふふ」



一向に上から降りてこない彼女は、そっと片手を広げて器用に左右上下に動かす素振りを見せた。そしてそこから微かに見える糸のようなもの、それはチャクラ。
なにを隠そう、彼女は里随一の腕を持つ傀儡士。ある程度の騒がしい場所ならば例え上忍であろうが気づかれずに、チャクラ糸で人を操るほどの力量を持っている。

つまりボクはまんまと彼女の術中にはまって操られ…カカシ先輩を殴ってしまったという訳だ。

これは朝の仕返しなんだろうね…



「ね…下りてきてくれないの?」

「…下りてきて欲しい?」

「もちろん。朝はごめんね…ボクが悪かったよ]

「ううん…私も大人げなかった」

「だったら仲直りしよ?今からでも遅くない…一緒に出掛けようよ?」

「…分かった、って…きゃっ」



床に着地する所を敢えて受け止めた、いわゆるお姫様抱っこ。



「相変わらず軽いね…よし、美味しい物でも食べに行こう!」

「…ヤダ」

「えっ!?もしかして、まだ怒ってる…?」

「違う…お出かけはいらない、今欲しいのは…」

「欲しいのは…んっ」



ボクの言葉を遮るように、彼女の柔らかい唇が触れる。ちゅっと可愛いリップ音は、今の君の可愛さそのものだ。



「…ベッド行こ?」

「うん、だけど…優しくする自信ないかも」

「愛情たっぷりくれるなら、いい」

「ふふ、だったらお安いご用だよ」



どんなに理不尽な事をされても、君が愛しい。だって最後には必ずこうやって甘えてくれるから。

その事実があるだけで、ボクの心は晴れ渡り、満たされる。

そんな午後の昼下がり。



fin
20160121




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