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17

朝、エプロンをつけて台所に立つ。
うーんと伸びをし、朝特有の静けさを感じながら冷蔵庫を開ける。今日は何にしよう?そんな事を考えるけど頭の中で既にメニューは決まっている。

ご飯、味噌汁、玉子焼き、焼き魚、サラダ、漬け物。

シンプルだけど大半の人が好むメニュー。

味噌汁の具は豆腐と長葱。
トントンと軽快に包丁で具材を切る。その間に湯を沸かして、玉子焼き器も熱して…手順よく朝御飯を作っていく。ボク、良い主夫になれるかも?

やがて本来の起床時間が訪れる。
『おはよう』って言葉を掛けて、出来立ての朝食を共に食べて、今日の卵焼きは甘いねとか、味噌汁薄かったかな?とか、他愛ない会話をして一日が始まって…。其れがボクの理想とする朝だ。


「…ん…あれ、ぇ…」


寝ぼけ顔で起きてくる名無しさんにボクは笑顔で言う。


「おはよう」
「ぁ、お、おはようございます…じゃなくて、や、ヤマトさん…!も、もしかして、朝御飯を…!」

 
そう、そんな理想の朝を…ボクが今しているのだ。


「変に目が早く覚めちゃってね?ほら、ご飯食べよう」
「…ぅ、これはあれですね…俗にいう女子力が高い…」
「あはは、そう?でも名無しさんには敵わないと思うけどなぁ」


目が覚めたのは本当だ。そのままもう一度寝る事も出来たけど、彼女を出迎えたかった気持ちの方が大きくて自然と体が動いていた。
我ながら笑える、結局は名無しさんが喜ぶなら…ってやつだね。

彼女の喜ぶ顔、笑顔は本当に癒される。
ボクを心配して泣く表情も堪らなくそそるものがあるけれど…そんな事を言うと君は怒るだろうね。でも汚れを知らない涙は美しくて、一瞬息をするのを忘れてしまいそうになる。
泣いた顔でそんな風に虜になるんだ、笑顔なんて何倍の破壊力があることやら。何度、抱き締めたいと思ったことか。


「ヤ、マトさん…!」
「ん、何か苦手なものでもあった…って!」


危ない、一人物思いに耽っていた。
彼女の心地好い声色によって現実に引き戻されると同時に、涙を瞳に溜めている姿が視界に入った。

え、えぇ!?

確かに泣いた姿も魅力的だけど理由が分からないまま涙を流されるとなると混乱する一方だ。その間にも彼女の瞳から涙が溢れていた。憂いがあって綺麗だけど、やっぱりボク名無しさんの笑っている顔が一番好き。
これは泣いた姿が…とか、そんな事を考えていた罰なのだろうか。


「ごめん、なさ…いっ、いきなり…」
「いや、別に大丈夫だよ…と、とりあえず泣き止んでくれるかい?」
「っ、は…は…ぃ」


冷静に対応しているが、心臓はバクバクだ。
頭を撫でたり優しく宥めるが一向に泣き止む気配はなかった。
こういう時カカシ先輩なら気の利いた言葉を掛けたりするんだろうけど、生憎ボクの引き出しにそういうものは一切なくて、いくら行動で示しても掛ける言葉は見付からなかった。


「っ〜〜!!ごめん、名無しさんっ!」


その結果、勢い良く彼女を抱き締めてしまった。

この行動がベストじゃないなんて分かっているし、少なからず自分の欲望が混じってる気もした。安直すぎる行動だとバカにされても仕方ないだろう、でも他に何も思い浮かばなくて。せめて名無しさんの顔を見ないように、胸元に埋めるような形で抱き締め直す。見ないと同時に、真っ赤になった自分の顔を見られたくない気持ちもあった。

それでも彼女の様子が気になる。
ウブな名無しさん、何度かこういった事があったけどそんな簡単に慣れるわけでもない。ボクだってそうだ、本当に大切な人に触れるとそれ以上何も出来なくなるって痛感している。

そっと顔を覗き込むと、驚く事に彼女はボクを見ていた。潤んだ状態には変わらなかったけど、真っ直ぐと迷いのない瞳で此方を見つめていたんだ。覚醒した名無しさんの紅い瞳も惹かれるものがあって嫌いじゃないけど、この純真無垢な瞳に勝るものはないだろう。


「ヤマト…さん」
「は、はいっ!」


魅入っていたボクの声が裏返ったのはいうまでもない。次に彼女の口から放たれる言葉は一体何だろう?
否定の言葉だったら…もう、生きていけない。


「もう…ヤマトさんったら、そんなに構えないで?私の泣き顔、わざと隠してくれたんでしょ…お陰で…少し落ち着いたよ」
「え、ま、まぁ…」


結果的にはそうなる、でも意図は全く違う。
何やら嘘をついたような気がして真実を伝えようとすると、名無しさんはボクの頬を両手で触れて微笑んだ。


「ありがとう…。ヤマトさんのそういう優しいところ、本当に好き」
「!」
「私ね、誰かにご飯を作ってもらえるとか慣れてなくて。一緒に作ったりとかは今まであったけど…起きたと同時に朝食が用意されているなんて初めてだったから……その…嬉しかった…」


ドンドン小さくなる彼女の声、最後の方なんて一般の人には聞き取れないだろう。
不思議な事にボクはその最後の一言が一番ハッキリと聞き取れた。


「…余計な事じゃなかった?」
「そんな事ないです!とっても、とっても、嬉しくて!…涙、出ちゃった…」
「そっか、それなら良かったよ」
「…あ、ご、ごめんなさい、私ずっと顔に触れて…!」
「ねぇ名無しさん、もうちょっと触れていてくれる?」


嬉しき泣きってやつだね。
ボクが想像していた事と全く違って、ある意味振り回されたけど…心が温かくなった。

落ち着きを取り戻し、頬に触れていた手を退けようとした彼女の腕を掴んで制止させた。やんわりと伝わってくる名無しさんの体温をもう少し感じていたい。


「で、でも…この体勢は、ダメな気が…」
「ん?この体勢って?」
「な、なんでもない…!」
「あぁ、抱き合ってる体勢の事かな?」
「も、もう、ヤマトさん!からかわないで!」
「ふふっ、いいじゃないか…たまには、ね?」


数分前のボクと同じように顔が真っ赤な彼女が愛しくて、いつまでもこうしていたい。

理想の朝はちょっとだけトラブルがあったけど、甘い甘い朝になった。まぁ、彼女がいつもボクよりも早く起きてバランスの良い朝食を作って出迎えてくれるから理想の朝ではあるんだけど。本当にいつも感謝している。

だからこそボクだって、たまには誠意を見せなきゃね。






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