チワワが落ちるまでのあれやこれ
ドアが開いて現れたのは、ガリガリさんをほおばる鈴木。なにそれ、子供じゃあるまいし。
「御園生じゃん。高坂いま買い出し行ってんだ。もうすぐ帰ると思うけど」
僕イコール高坂くんなんて、ほんと思考が短絡的。
むかつく。
「違う。鈴木に用があって」
「へー、そうなん。なに?」
この僕が話しかけてるってのに、なにその素っ気ない態度!ほんとむかつく!
こんな平凡で鈍いアホ、絶対絶対ぜーったい!僕らのような美しい人間には相応しくないんだから!
☆
「ちょっと鈴木!いい加減にしてよね!」
「お、御園生」
昨日転校してきた高坂くん。
その容姿に野次馬が絶えなくて近づくこともままならない。
僕はこの誰もが見とれる愛らしさに物を言わせて(異論は認めない)高坂くんの隣を常にキープしてるけど!
それで、高坂くんのお部屋へ遊びに行きたいなぁっておねだりしたら、同室者がいるからって。
「鈴木ごときが美しい高坂くんを煩わせるなんて!」
「え?オレなんか煩わせた?」
鈴木ごときのきょとん顔なんて可愛くも美しくも格好良くも何ともないんだから!
「あんたが同室ってだけで高坂くんを煩わせてるの!」
「マジでかどの辺?」
「え?なんの話?」
ちょうどトイレから戻った高坂くんが扉をくぐると同時、問いかける鈴木ごとき。
きょとん顔の高坂くん。
この、鈴木ごときがまた高坂くんを煩わせて!
でもきょとん顔の高坂くんが可愛くて美しくて格好良かったから今回だけは許してあげる!
「えーと、御園生さん…と鈴木くんて仲いいんだ?」
あ、いま僕の名前ちょっと悩んだ。
まぁまだ2日目だし!これから忘れられない名前にしてみせるんだから!
それより何よりこのままじゃ捨て置けない誤解が生まれちゃう!
「うふふ、やだ高坂くんてば」
「うん仲良し」
「なに勝手な事言ってんの?!」
「高坂くん高坂くんこいつ面白いんだぜ」
「バカにしてんの?!」
僕としたことが、鈴木ごときのせいではしたなく大声を出してしまった。
そのせいで高坂くんが「仲いいんだなー」なんて。
冗談でしょ?!
その上、追い討ちをかけるように鈴木ごときが「一時期同棲してましたから」なんて。
なんなのバカなの?
「え、同棲…?」
戸惑うような高坂くん。
誤解が生まれてるじゃないバカ!
「変な言い方しないでよただの同室でしょ?!」
「だって」
「あぁそういう」
僕の言葉をそのまま高坂くんに流す鈴木ごとき。
「ふは、じゃあ鈴木くんいまオレと同棲してんの」
「高坂くん乗らなくていいから!」
「だって」
またしても僕の言葉をそのまま高坂くんに流す鈴木ごとき。
そもそもアンタじゃなくて高坂くんに言ったのにしゃしゃり出ないでよ鈴木ごときが!
あぁ、そうこうしてる内に高坂くん目当ての野次馬が増えて来ちゃったじゃない!
「とにかく!鈴木ごときが高坂くんを煩わせない事!」
「え、オレ煩わされてたの?」
「だって」
また!なんなのアンタ「だって」しか言えないの?!
「高坂くんにはアンタみたいな平凡相応しくないの!」
なんでって?
「高坂くんに相応しいのは僕のような美しい人間なんだから!」
ドーンと決めた僕の台詞を横に流して、ポカン顔の高坂くんに鈴木が一言。
「な、面白いだろ?」
バカにしてんの?!
☆
高坂くんが転校してきて早一週間。
野次馬の群れも落ち着いて、さぁこれから!って時なのに。
「高坂くん、一緒に帰ろう?」
「あ、いや。オレは…」
チラチラと鈴木ごときを伺う高坂くん。
最近の彼はずっとこう。
鈴木はその視線にも気付かず黒木くんと談笑中で。
二人を見る高坂くんには哀愁が漂っていて。
つまりそういう事みたい。全く理解出来ないけど。
だって高坂くんはこの僕が認めた校内一のイケメンなのに!
高坂くんの輝きに比べたら、あの生徒会の皆さまだって霞んじゃうくらいのイケメンなのに!
学年が上がれば確実に生徒会長に任命されるイケメンなのに!
なんでよりによって鈴木?!
あんなのただのイモじゃない!
「ちょっと鈴木!いい加減にしてよね!」
「えー」
「えーじゃない!」
ダンッと鈴木の机を叩いて威嚇。
「なんだよまた癇癪起こしてんの御園生」
「黒木くんからも言ってやってよ!」
高坂くんが来るまでは次期生徒会長ともっぱらの評判だった黒木くん。
「高坂くんにはアンタなんか相応しくないのよーって?ついこの間までは高坂じゃなくてオレだったのになぁ?」
ニヤニヤ笑う黒木くん。
うっ、ワイルド…!あくどい感じがなんて様になるの黒木くん…!
でも…!
高坂くんの前にはそのワイルドも霞んじゃう…!
「…黒木くん…ごめんね…」
「おいなんでオレがフられたみたいになってんだ」
「ぶふーフられてやんのやーいやーい」
横から茶化す鈴木ごとき。
この、またしても鈴木ごときが!
「鈴木ごときが黒木くんを笑っていいとでも思ってんの?!」
「えー」
☆
それから数日経ったある日の事。
明日提出のプリントを忘れて教室に戻る僕。
鈴木ごときは相変わらず鈴木ごときで、高坂くんは相変わらず美しくて。
二人は校内だとさほどベッタリでもないけれど、やっぱり高坂くんの好意が鈴木ごときに向けられてるのは明らかで。
鈴木ごときはそれに気付きもしないで。
僕みたいに高坂くんに好意を持つ生徒の中には、鈴木ごときが、と妬む声も少なくない。
だって鈴木ごときが…!
なんて考えてたら、まさにその2人の声が教室から聞こえてきて聞き耳を立てる。
「鈴木、これ」
「お、高坂くんてば遅刻ですよ」
日直の鈴木に、高坂くんがノートを提出したみたい。
「悪いな。オレが最後?」
「いや、数足りないから出してないヤツいるっぽい。もう締め切るけど」
「そっか。じゃ、あー、たまには一緒に帰ろーぜ」
あ、高坂くんいま心持ち緊張した。
こんな平凡のどこがいいの?
「んにゃ、オレまだ日誌あるから。先行ってていーよ」
「あ…おお…」
こんな鈍い平凡のどこがいいの…!
「まぁ待っててくれたら嬉しいけど」
「お、おお…」
なんでその程度でちょっとウキウキしてるの可愛いからいいけど…!
「高坂、今日の出来事なんかある?」
「特に」
「だよなぁ」
日誌のコメント欄を悠長に考える鈴木ごとき。
高坂くんを待たせてるのになにのんびりしてんの鈴木ごときが!
「オレも休み時間のたび御園生に絡まれたくらいしか。それもいつもの事だしなぁ」
それは何度言っても鈴木ごときが調子に乗ってるからでしょ?!
「…お前それ大丈夫なのか?」
「な。まさか御園生がこんなオレのこと好きだったとは」
「違うと思うけどな」
「えー」
えーじゃないでしょ当たり前でしょ何勘違いしてるの鈴木ごときが!
「でも面白いよな御園生。やっぱ高坂のズリネタ相手ってみその」
「もうそのネタ止めろ」
パシッと軽快な音。
待ってズリネタ相手ってなに詳しく。
いややっぱり止めてどうせ鈴木ごときでしょ鈴木ごときでそんな妄想とか聞きたくない目を覚まして高坂くん…!
「オレはいいと思うけどなー御園生」
「お前あんな事言われてよくそんなん思えるな」
その高坂くんの声には少なからず嫌悪の色があって。
あ、まずい。
今まで八方美人を演じてくれていた彼の、本音が垣間見えてしまう。
「え?あんな事とは?」
「…なんか、相応しいとかどうとか。見た目しか見てないあの感じ」
あ、ヤバい。これ、思いの外。
「オレは無理だわ」
刺さる。
高坂くんとは、割と一緒にいたつもり。
それでもそう思われてるって、無理だと吐き捨てられてるって、僕、いま、全否定されてるの。
これ以上聞きたくなくて、駆け出そうと足を急かして、でも教室を背に廊下にしゃがみ込んでしまう。
教室からは、うーん、なんて間延びした鈴木の声。
廊下汚い。寒い。苦しい。全部全部鈴木のせい。
早くここから逃げたいのに。
「確かに御園生の価値観は突き抜けてて面白いレベルだけど、一般的に美醜は一つの判断基準なんじゃね?」
早くここから逃げたいのに、鈴木ごときの肯定に縋ってる。
「オレだってキレーな女優さんと冴えない役者さんとの熱愛報道とか、なんで?って思うし」
まぁ好きってそういう事なんだろうなってなるけど、なんて、恋もした事ないくせにいっちょ前になに言ってんの鈴木ごときが。
「鈴木ってやけに御園生庇うよな」
そうなの。高坂くんには羨ましいでしょう?
僕は何とも思わないけど。
「んー、ほらオレ御園生好きだから。面白いし」
「す…きなんだ?」
高坂くんが動揺してるじゃない鈴木ごときが変な誤解生まないでよね。
「オレ中等部のとき御園生と同室で、って言ったっけ?凄いんだよ。顔洗うのに20分かけるの」
当時はキメ細やかな泡を作るのに時間がかかったの。
「オレ顔洗うの20秒だからなー。洗面所から戻るといつも蔑んだ目で見られてたけど」
酷い時は2秒じゃない。
「でもそれだけの努力をしてるんだよな」
うん。
「だからこそさ、綺麗かどうかが判断基準になっちゃうんじゃないかな。たぶんだけど」
そう、僕に相応しい人には僕の努力に見合うだけの美しさがなきゃいけないの。
それこそ高坂くんのような。
なんの努力も美しさもない鈴木がその横に立つなんて許せない。
「ただそれを他人に押し付けちゃうのが玉に瑕だよな」
なんなのムカつく。
鈴木にそんな事言われたくないし。
「まぁそこが面白いんだけどなー。オレは好き」
そもそも僕に対して面白いなんて有り得ない。
そこが好きなんてもっと有り得ない。
だってそんな考え、この学園の親衛隊員ならみんな少なからず持ってる。
みんな努力してるから。
だから悔しい。
何の努力もしない平凡な人間が、美しい人と結ばれるなんて。
まぁ好きってそういう事なんだろうな、なんて。
僕はそんな簡単に、割り切ってなんかやらないんだから!
「見てろよ鈴木…!」
☆
「御園生じゃん。高坂いま買い出し行ってんだ。もうすぐ帰ると思うけど」
僕イコール高坂くんなんて、ほんと思考が短絡的。
むかつく。
「違う。鈴木に用があって」
「へー、そうなん。なに?」
この僕が話しかけてるってのに、なにその素っ気ない態度!ほんとむかつく!
こんな平凡で鈍いアホ、絶対絶対ぜーったい!僕らのような美しい人間には相応しくないんだから!
だから…!
「これもダメ!これもダメ!なにこれリンスインシャンプー?!ふざけんな!ぎゃっ!」
あまりの事に投げつけたら壁に跳ねて返ってきた。
なんなのもうムカつく全部鈴木のせい!
「鈴木、御園生なにしてんの?」
「お帰りー。それはオレも聞きたい」
なんだかドア付近で声がするけど、こっちはそれどころじゃないの!
「なにこのドライヤー有り得ない!」
「なんかドライヤーが有り得ないんだって」
「たぶんそこはメインじゃないな」
洗面所を覗き込む二つの顔…って高坂くんじゃない!
「こっ、高坂くんお帰りなさい!鈴木バカ高坂くんが帰ってきたなら言いなよね!」
「えー」
「ただいま…?」
高坂くんの戸惑いながらのただいまが可愛かったから今回だけは許してあげる!
「高坂くん鈴木ってば有り得ないの!石鹸もドライヤーも何もかも安物ばっか!あげくリンスインシャンプーなんて…!」
「その辺は共用だからオレも同じだけど」
「それに化粧水もボディクリームも塗ってないって!」
「オレも塗ってないけど」
なにもして無いのにこの美しさなんて…!さすが僕が見込んだ随一のイケメン!
でも鈴木ごときは別!
「トリートメントも足のかかとのケアも何もしてないなんて!信じられない!」
「鈴木、御園生なにしてんの?」
「だからオレも聞きたい」
☆
「いい?これ僕が使ってるやつ!特別にあげるからちゃんと毎日2回は5分以上かけて洗顔すること!」
「えー」
「えーじゃない!」
あれから鈴木の使う備品を全部チェックして、今は夜の7時半。
「あ、そうだ御園生、飯食ってく?いまから作っから」
「え」
「食べる。何にするの?」
高坂くんの「え」はサラッと流してご相伴に預かる事に。
「高坂が買ってきてくれたん。シーフードとカレーと塩とノーマルどれにする?」
そう言って袋からガサゴソ取り出したカップラーメン。
「なんなのもう有り得ない…!」
「旨すぎて?」
「違う!」
この僕がすぐに切れそうな安っぽい麺をズルズルすすってるなんて!
それが割と美味しいなんて!
全部全部鈴木のせい!
「明日からお料理の特訓だからね!」
「えー」
「えーじゃない!」
聞いたらほぼ毎晩インスタントとか、本当に有り得ない!
「絶対、隣を歩くに相応しい人間にしてみせるんだから…!」
「…………御園生…お前まさか…」
安っぽい麺を頬張る僕に小さく呟く高坂くん。
その揺らぐ目には戸惑いと焦燥。
ふふん、さすが僕が見込んだ高坂くん。
美しい上に聡いなんて、何もかも完璧!
「ちょっと鈴木!」
「えー」
「まだ何も言ってないでしょ?!」
あぁ、僕の隣に相応しいのは、彼のはずだったのに!
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