実況動画
昼休み、パックジュースを飲みながら隣の教室へ入ると須藤がスマホで動画を見ていた。
「なに見てんの?」
空いていた前の席に座りながら問いかける。気づいた須藤がイヤホンを片方外して「なんて?」と聞き返してきた。
「なに見てんの?」
「あぁ、ゲームの実況。関がやってんだよ」
「関って関? へー、あいつそんなんやってるんだ」
関は須藤の幼馴染みで、オレと同じクラスだけどほとんど話したことはない。だからさほど興味もなく買ってきた焼きそばパンにかぶりつく。須藤はイヤホンを巻き取ってスマホを机に置こうとして、「そーだ」と何か思い出したように画面をこっちに向けてきた。
「お前これ好きだったよな」
一時停止された画面にはオレの好きなホラーゲームが映っている。再生数は五千回越え。いち高校生の実況動画にしてはそこそこ多いんじゃないだろうか。
その下のチャンネル名には『関サバチャンネル』と書かれている。関といえばサバか。安直だな。
「珍しくね。お前ホラー系興味ないじゃん」
「やるのは興味ないんだけどな。やってるの見るのは結構おもしれーよ」
「へー」
そんな会話をしたのを寝る前に思い出した。ベッドに横になりながら動画アプリを開いて関サバチャンネルと検索してみる。登録者七千人。やっぱりそこそこすごい気がする。
『みなさんこんばんは関サバでーす。さっそく前回の続きやっていきまーす』
試しに最新の動画をタップしてみると、ホラーゲームのタイトル画面が出て関とおぼしき声がした。映像はプレイ画面だけで本人は出ないスタイルらしい。
『えーっと前回は観覧車からピエロの着ぐるみが出てきて、何かやばそうだったんで近くの……お土産屋さんかな? に逃げ込んだ所ですね』
画面が切り替わって薄暗いショップの中が表示される。
ピエロが来たって事はこれからミラーハウスか。あそこまじで怖いからいい回引いたわ。
『もうね、ピエロはダメだと思うんですよ。どんなに可愛い見た目してても夜出てきたら普通にこわ……待って暗がりで見るぬいぐるみめっちゃ怖い……怖くない?』
マスコットのぬいぐるみが堆(うずたか)く積まれた店内をぐるりと見渡すプレイヤー。教室三つ分くらいの広さなのに真ん中のカウンターにしか蛍光灯がついてなくて、窓から月明かりは射し込んでるけど隅の方はほぼ真っ暗。
そういえばここでスタッフ証手にいれて一回事務所に戻るんだった。って事は、今回はミラーハウスまでいかないかな。
『いま外出たら絶対ピエロいるよなぁ……えぇー……あそこ何かありそうだから行ってみるかこっち見んな』
流れるようにうさぎのぬいぐるみに文句を言って、唯一明かりのついているカウンターへ向かう。
あ、そこ曲がると犬がくるな。そう思いながらコメント欄を流し見してたら関が『ぅおわっ?!』と声を上げた。
『だからいきなりはダメだって! ダメだって言ったじゃんオレ言ったじゃんばか待って待って待っ』
犬の着ぐるみに襲われた関はまともな操作もできず捕まって喰われた。動画はじまって二分でこれは笑った。コメント欄にも同じような感想が書かれている。
『もう大丈夫、覚えた覚えた曲がったらわんこ避けてダッシュね。左前ダッシュオッケーオッケー』
さっきの犬のすぐ後にうさぎが来ることを知ってる身としてはフラグにしか聞こえない。
『よっしゃここをこう! 避けて! 左! 前! ダッぁェェエ何か来イッッテぇ足打った待って待ってぁっ、ぁぁぁ……』
期待を裏切らず後続のうさぎでテンパってくれた。笑った。ガツって結構な音したけど足大丈夫か。
ゲーム画面にはポップで可愛いうさぎの目。プレイヤーの姿が微かに映りこんだそれが咀嚼音と共にズームされ暗転してタイトルへ戻る。何度聞いても音がえぐい。
喰われる時はいつも目のアップだから、着ぐるみがどうやってプレイヤーを喰ってるのかはよく分かってない。けど可愛いマスコットに似合わない生々しい音がいいとファンの間では好評らしい。まぁ分かる。
その後は犬を避けてうさぎを避けて、二匹が倒れこんでる間にぬいぐるみの山に隠れてやり過ごす。カウンターでスタッフ証を手に入れて、初見では見落としがちなレジ横のメッセージも回収して、けどショップを出ようとした瞬間また犬に襲われて、驚きすぎて何故か体当たりかまして捕まって喰われた。笑った。
恐らく関はゲームが下手な訳ではない。何が来るか分かってればちゃんと対処できるし、次に何をすればいいかの理解も早いし勘もいい。ただ不意打ちで何か来るとめっちゃテンパるから初見はまじでポンコツになる。あとすげービビり。自分が閉めたドアの音でビビり散らかしてた。笑った。
そのポンコツっぷりと、同じミスを繰り返さない上手さのバランスが丁度いい。
『えー、もう時間も遅いのでミラーハウスは次回にしようかな。今回はここまでにします。コメントでミラーハウスめっちゃ怖いって脅されてるんで、まじで無理ってなったら最終兵器のかーちゃんを呼ぶかもしれん。という訳でご視聴ありがとうございましたー』
コメント欄にあった[かーちゃんww][つよそう]ってのはこれの事か。ほんとにかーちゃん呼んだらめっちゃ笑うわ。
最終兵器かーちゃんを見逃さないようチャンネル登録をして、ホラゲーのシリーズを最初から再生する。
明るく賑やかなお昼の遊園地から始まって、関が『これホラーなんだよね?』と困惑して、『普通にめっちゃ楽しい』って言ってたのがだんだん不穏になっていって、『やっぱホラーじゃん!』ってなって『こわいやつじゃん!』って叫んで『え……これオレ食べられてない……?』って咀嚼音に怯える声を楽しんでたら結構な時間になっていた。
道理で瞼が重いはずだ。でもあとちょっと、この動画が終わるまで……と思いながら寝落ちしそうになってたら、スマホから『ぁっ、ぁっ』と妙にエロい声が聞こえてきた。変な動画でもタップしたかと確認すると、プレイヤーが喰われてる時の関の悲愴な声だった。
「…………」
え? オレいまエロいとか思わなかった? いや思ってない。あれだ、夢だ。いや関がエロい声だす夢を見てたらその方があれだな今のなし。
と考えてる間も動画は再生されたままで、ダストボックスの中に隠れたプレイヤーが外を覗いて、月明かりに照らされたうさぎの着ぐるみと目が合って、それが真っ直ぐこっちに近付いてきて。
『まっ、まって、待ってむりむりむり』
上擦った声に合わせて服を乱されベッドの隅に追い込まれた今にも泣きそうな関が浮かんで、って待て待てなんだ今のイメージは。
一瞬よぎったそれを振り払うように、ボスっとスマホをシーツに伏せて画面を切った。
次の日は普通に学校で、教室に入ると今まで意識してなかった関が視界の端にちらついた。これは何かまずい気がする。
極力見ないようにしよう、と目を閉じて机に伏せて、そうすると昨日あんまり寝られなかったもんだから意識がふうっと遠ざかる。でも耳だけはいつも以上によく聞こえて、少し遠くにいる関の声まで拾ってしまう。
そうそう、あいつけっこう笑うんだよな。そんなに話したことはないけど、この笑い声はちょこちょこ聞いてる。
今も絵に書いたような弾んだ声で、たぶん隣の席のやつとめっちゃ楽しそうに話してる。ホラゲーしてる時の上擦った感じといい、感情が声に乗りやすいタイプらしい。セックスしたら滅茶苦茶エロい声出すんだろうな。
「…………」
は? 何て? いややめろ何も考えるな。
その後は視界にも耳にも関を入れないよう休み時間のたび外に出て、昼休みにはいつも通り購買へ行ってそのまま須藤のクラスへ向かった。
「どしたん? 顔ひどいぞ」
「……ただの寝不足」
「へー」
「関ってさ、……えっ?」
「え?」
気付いたら関の名前を口にしてて、びっくりして「何でもない」と焼きそばパンを頬張った。まずい。これはまずい。とにかく関の事を考えないように……、って意識してる時点でだめだろ。よしあれだ、数学の事でも考えよう。そういえば関数の関(かん)って関(せき)と同じ漢字だな。……はぁ?
「……どしたん?」
「……何でもない」
自分の思考に肘をついて項垂れる。とにかく今夜はアプリ開かないですぐ寝よう。
そう思っていたはずなのに、寝る前にスマホを弄ってたらいつの間にか動画アプリを開いてた。まぁこれは日課だから仕方ない。
いつものように登録チャンネルの投稿一覧を確認する。他のチャンネルはちらほら動画が上がってたけど、関のチャンネルは昨日から更新されていなかった。いや、更新されてても見ないけど。絶対見ないけど。でも次ミラーハウスなんだよなぁ。めっちゃ見たい。いやいやいや。
そこでオレは閃いた。別に実況見るだけなら関のチャンネルじゃなくてもいいじゃん。やばいオレ天才だわ。
[ゲームのタイトル、実況]で検索してみたら結構出てきた。その中でいくつかのミラーハウス回を軽く見てみる。結構いいなと思うリアクションもあったけど、関ならここでビビり散らかすだろうなって所々で頭に過って気付けば昨日見た動画の続きをタップしてた。
『はいここでわんこ! うさぎ! あっあっ待ってやばいやばいやばァァァァアッ』
薄暗い劇場の中、舞台袖から飛び出してくる犬を避けて、うさぎを避けて、出口まで走っていくのをパンダが横から猛追してきて叫ぶ関に普通に笑った。
結局逃げ切れずに捕まって、いつもの咀嚼音で暗転して、タイトル画面に戻った所で『っはぁー』と詰めていた息を吐き出す関。やっぱリアクションいいんだよな。
この動画が終われば今アップされてる分はぜんぶ見終わる事になる。残りはあと二十分。昨日寝れてないせいで若干まぶたが重いけど、それくらいならいけるだろう。あと十五分……十三分……。
『わ、ぁ、待って、なんか来る、なんか、ぁ……っ』
関の上擦ったエロい声でふっと意識が浮上した。いや違うエロくはない男の声だぞ。
いつの間にか目を閉じていたらしい。とりあえず巻き戻そうと十秒戻したらさっきのがまた再生された。
『わ、ぁ、待って、なんか来る、なんか、ぁ……っ』
だめだ覚醒してない頭で聞くと中イキする寸前にしか聞こえないやいやいや。ペチッとセルフビンタして画面を見ると、コメント欄に[横からパンダ]とあって時間が記載されていた。さっき関が叫んだ所か。少し回るようになった頭でまた十秒戻す。
『わ、ぁ、待ってなんか来る、なんか、ぁ……っ』
そうしてコメント欄の時間をタップする。
『あっあっ待ってやばいやばいやばァァァァアッ』
エッロ。めっちゃ中イキしてんじゃん。捕まった後の咀嚼音もちんこを奥まで押し込んで掻き混ぜる音にしか聞こえねーし。ぐちょぐちょ言い過ぎててエロいしかない。
そして画面が暗転して『っはぁー』と吐き出される関の吐息。
これはちんこ抜かれたかな。オレだったらもっとガンガン突いて泣きじゃくる関の中に出しまくって塗り込んで……。
「っ、はっ、……っ」
右手でちんこを扱きながら関の中イキを何度も何度もリピートする。
『あっあっ待ってやばいやばいやばァァァァアッ』
「……っふ……っ」
手に吐き出された粘つく精液で我に返った。
「これは完全にアウト。まじでアウト。アウトすぎる」
「何かわかんねーけど邪魔だからどいてくんね」
須藤の机に突っ伏して死んでたら非情な言葉が降ってきた。友達甲斐のないやつだな。
そのまま死んでたら葵と陽菜が面白がって「なにしてんの?」って髪を摘まんで引っ張ってきた。葵は顔キツめだけどおっぱいでかくてサバサバしてて付き合いやすい。陽菜は清楚系でおっぱいでかくて多分いや絶対にエロい。
その二人に構われながら何でオレは朝すれ違った時の関の顔可愛かったなとか思ってんだ。
いや可愛くはない。身長だって顔だってごくごく普通の日本男児だ。でも常に笑顔で愛嬌があるというか、あの顔を快感に歪めてやりたくなるというか。
「…………」
「なんか更に死んだんだけど」
「お前まじでどうした?」
そうして昼休みが終わるまで時間潰して、教室に戻って扉を開けたら関が中から飛び出してきた。
「ぉわ、早坂ごめん」
オレの横をすり抜けて慌てた様子で自分のロッカーに向かう関。あー……取っ捕まえて泣かせてー。
「早坂どうした?」
「……何でもないっす」
扉の枠に額を付けてうなだれてたら、数学の小谷が来て席に着くよう促された。
関は教科書を手に逆の扉からこっそり入って、小谷にバレないようアヒル歩きで席までペタペタ移動してた。可愛すぎか? 無事に席に戻ったら隣の奴にピースしてた。可愛すぎか?
「なんか向こうが可愛いのが全部悪い気がしてきたわ」
「は? なんだよ好きなやつでも出来たん?」
「えっ! うそ誰?!」
放課後、須藤の所へ行ったら葵たちも寄ってきた。そんでそのままカラオケへ連れていかれて詰め寄られた。オレとしても相談出来るもんならしたいけど、「ほとんど話した事もない男でオナった挙げ句なんか可愛く見えてきたんだがどうすればいい」なんて聞ける訳もない。しばらく黙りを決め込んでたら普通にカラオケが始まった。まぁストレス解消にはなった。
そして夜、動画アプリを開いたら関がミラーハウスをアップしてた。
普通に楽しみだったから沸き立ったけど、昨日の事が頭をよぎってタップしかけた指が止まる。
「うーん…………」
唸りながら意味もなく画面を上下にスワイプして、ミラーハウスのサムネをタッチしてそのまま指を離さずまた無意味に上下にスワイプして結局スマホをベッドに伏せた。
今日は止めとこう、最近ちゃんと寝れてないし。
そう決めて目を閉じる。けどミラーハウスが気になりすぎて全然眠れそうにない。
きっと始終ビクビクしてるんだろうな。ピエロが出たらパニクって鏡に突撃とかしそうだし、下手したらまじでかーちゃん呼びそう。何それ笑う。
なんて考えてたら結局ガマン出来なくなってアプリを開いた。
『ぅわっ?! いまなん、えっ? 気のせい? もー! もーまじでやだここ!』
ミラーハウスは外からの光が届かない。緑の非常灯しかなくてかなり暗い上、四方を鏡に囲まれている。正直そこに映りこむプレイヤーの姿だけでも割りと怖い。案の定、関も自分で動かしたプレイヤーの影にビビりまくってた。期待通りの反応すぎて顔がにやける。
『あああー待って何か近付いてない? え? これ近付いてるよねまじでもう無理なんだけどねぇかーちゃん呼んでいい?』
カツン、カツン、とプレイヤーのものではない足音がして、ビビり倒した関が上擦った声で一息に捲し立てる。まじでかーちゃん呼ぶ気かよ。笑う。
その後ビビりながらも足音がしなくなる方へ進んで、『これは撒いたって事でいい? 大丈夫? もう音しないもんね?』とフラグを立てて鏡張りの道を進んで角を曲がったらピエロのドアップで『ぎゃああああ』。
音割れの激しい叫びと同時に何かが倒れる音がして、しばらく無音になったと思ったらタイトル画面に切り替わった。
『えー、すみませんこのままだと一人でトイレに行けなくなりそうなのでスペシャルゲストをお呼びしました』
まじでかーちゃん呼んだのかよ、って笑ったけど違った。
『お友だちのどーくんです』
『どーくんでーす』
須藤だった。
は? あいつなに関の部屋に上がり込んでんの? いや落ち着けそうだあいつら幼馴染みだったな。
『本当はかーちゃん呼ぼうかと思ってたんだけど』
『せいこさんお前以上にビビりだもんな』
本名出すなよ、と笑う関に興を削がれてコメント欄を開く。須藤に関するものが多くて更に萎えた。
『さっき途中までやったから、そこまでは割りとスムーズにぃッ?!』
『はは、ビビりすぎだろ笑う』
『うわ出っ、たぁああ足打ったあああ』
『ははは』
『待って無理これまじどこ逃げあああああ』
『あははははははは』
[どーくんめっちゃ笑うじゃんw][どーくんはドSですか]、あと[どーくん爆笑シーンまとめ]として時間がいくつも記載されているコメントもある。あげく[この二人めっちゃ相性いい]なんてのもあった。は? いいねも付いてた。はぁ?
『ひぃ、やべー笑いすぎて涙出てきた』
『いやおかしくない? 泣きたいのオレじゃん。オレ食われたじゃん』
『はー、なぁこんど絶命病棟いこうぜ。めっちゃ怖いって有名なお化け屋敷』
『何なのどーくんはオレの事が嫌いなの?』
『愛してるからデート行こうぜ』
『それ行き先お化け屋敷じゃん!』って突っ込む関の声がゴッてラグに落ちる音と重なった。しまったついイラッとしてスマホ投げてた。
いや分かってる。あれがあいつらのノリなんだろう。けど関とお化け屋敷デートとか何だそれ羨ましい。
「…………寝よ」
むしゃくしゃしてスマホに背を向け目を閉じる。そしたらここ最近の寝不足のおかげかすぐに眠くなってきた。
『待って何かまた足音してない? やばい無理なんだけどそっち行っていい?』
まどろむ中で微かに関の声がした。投げたスマホが動画を再生し続けてるらしい。
てか怖いからって引っ付いてくんの? は? 可愛すぎか? そんなん来たら抱き寄せてちゅーするわ。
なんて考えてたらラグの上で体育座りした関がほんとにピタって横に引っ付いてきた。えっ?
一瞬混乱したけど、そうだ、ここは関の部屋だった。後ろにはベッドがあって、前にはローテーブル。スマホを覗くとさっきと変わらず真っ暗な鏡張りが続いている。
あれ? このゲームスマホでも出来るんだっけ。
浮かんだ疑問は右腕に感じる関の体温に霧散して、ギュッと縮こまった身体を凭れさせるように肩を抱く。びっくりしてこっちを見上げてきた所に唇を落として、時間をかけてゆっくり離して、目を見開いたままピクリとも動かない関とおでこをつけて見つめ合って。
『…………はっ?! えっ?! いま、なに、えっ? えぇ?!』
期待通りに慌てふためく関の姿にニヤニヤする。たかがキス一つで動揺しすぎだろ。
もっと深いやつしたらどうなんのかな。ビックリしすぎてゲームの時みたいに机に足ぶつけそう。なにそれ笑う。
『わっ、待って、待って待って』
床に手をついて関に覆いかぶさるように身を乗り出す。上擦った関の声に嗜虐心をそそられて噛みつくような仕草をしたら、身体をビクッと跳ねさせて脱兎のごとく逃げ出したからその背を捕らえてラグの上に押し倒す。
「逃がすわけないだろ」
喉で笑うと「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。可哀想で可愛い。どんどん虐めてやりたくなる。
「関は今からオレに食われるんだよ」
晒された項を甘く噛んだら肩が跳ねて「ひんっ」て鳴いた。腹のあたりがゾクゾクした。
もっと虐めて、泣かせて、気持ちよくして、オレの声、指、言葉一つで関をぐちゃぐちゃにしてやりたい。
「関」
甘ったるく囁いて、真っ赤な耳に唇を寄せて、その縁を甘噛みして、「ひ……っ」って泣きそうな声を出す関に喉を鳴らして。
『あれ出口じゃね? 出口じゃね?! 出たぁぁぁああああ食われたあああ!』
『あっはははははは』
スマホから須藤の馬鹿笑いがして目が覚めた。
「………………」
グチュグチュというエグい咀嚼音が部屋に響く。朧気に聞こえた関の言葉から察するに、ミラーハウスを出た瞬間うしろから追ってきたピエロに捕まって喰われたんだろう。
いやそんな事より何ださっきの激重感情は。
オレのせいで怯えてオレのせいで泣いてオレのせいでエロい声上げて頭の中ぜんぶオレになればいいとか。いやそこまでは言ってなかったかもしれないけど正直そう思ってる。オレだって関のチャンネル見てから頭の中ぜんぶ関になってるんだから関だって頭の中ぜんぶオレになればいい。
だめだ。こんな激重感情バレたら関に引かれる。絶対に隠そう。
両手で顔を覆ってフーっと大きく息を吐く。
あした関と顔を合わせても変な目で見ない。泣かせたいとか思わない。エロい姿も想像しない。
あと須藤は一発殴る。なにせ楽しみにしてたミラーハウスを台無しにされたんだ。しかも関の部屋に入って関の横でホラーゲームに怯える関の姿を楽しむとか。は? あいつまじで殴るわ。
とはいえ、須藤がいなきゃオレは関のチャンネルを知る事もなかった訳だ。殴る前に一言礼は言ってやろう。
なんて殊勝な考えは起き上がってスマホを取って再生されてる動画を見たとたんに霧散した。
『えー、ちょっと一人じゃ耐えられそうにないのでこのゲームが終わるまでどーくんにはレギュラー出演していただこうと思います』
『おー、オレはいいけどいいの? 視聴者さん的には関サバくん単体の方がよくない?』
『大丈夫どーくんイケメンだからオレより需要あるよ』
『これ顔映んねーじゃん』って突っ込む須藤の声がゴッてラグに落ちる音と重なった。
―――おまけの翌朝―――
「言っとくけどお前よりオレのがイケメンだからな」
「え? なんでオレ朝っぱらからケンカ売られてんの?」
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