運命の番(仮)
「運命の番って信じる?」
返却された本を棚に戻していたら、窓枠に凭れた先輩が唐突にそんな事を聞いてきた。
「…いやβのオレに聞かれても…ロマンチックでいいんじゃないですかねとしか」
「そう…そうだよね。とてもロマンチックだ」
作業を進めながら棚の向こうの先輩を盗み見る。茜色の夕日を背負って俯く先輩も大概ロマンチックですよ。
いやむしろ色っぽい、かな。
「…えーと、先輩は信じてるんですか?」
「いいや全く」
「えぇ…」
「信じていなかったんだけどね」
何でこの話振ったんだ。と思ったけど、まだ続きがあるらしい。本を戻す手を止めて、ひょいと先輩を覗ってみた。
「何か心境の変化が?」
「一つ、仮説を立ててみたんだ。運命というのはつまり、物凄く相性がいいという事なんじゃないかって」
「えぇ……何かそう言うとロマンも何もないですけど」
先輩は窓に凭れたまま赤い夕日を眺めていた。
端整な横顔がこっちを向くことは無さそうなので、出した顔を引っ込めて作業を再開。
「あ、運命の番は見たら分かるとか言いません?」
やたら分厚い本を戻しながら聞き齧っただけの知識を投げかける。果てし無い物語って超大作なんだなぁ。
「見たら分かるというよりは、匂いで判断しているんだと思うよ」
「あぁ、フェロモンですか」
「そう。発情期でなくとも微量のフェロモンは出ているからね」
「へぇ?でもオレ匂いとか感じたことないですけど」
返却本のラックに戻って文庫本を数冊手にとり、戻しやすいよう手元で順番を入れ替える。
「フェロモンには元々匂いはないよ」
「えぇ…さっき匂いって…」
もやっとした顔を向けると、今度は先輩と目が合った。相変わらず、口許が僅かな弧を描く完璧な微笑だ。
「僕らは匂いを感じるんだけど、実際は無臭のはずなんだ。αとΩの脳にはそれを匂いと感じる機能があるんじゃないかな。だからβと比べてフェロモンに敏感で狂いやすい」
「へぇー。それは運命の番を見つけるために?」
「かもね」
「はー、運命の相手を見つけるための進化かぁ」
我々βにはなかなか理解の及ばない壮大な話だなぁ。
整えた本を手にまた棚の奥へ足を向ける。
「もしくは、元々あったはずの機能がβには欠けているか」
「ちょっと、βを不出来な子扱いするのやめて下さいよ」
引っ込めた顔を戻して文句を言う。ここにはオレしかいないのだから、β代表として抗議せねば。
「それで?先輩の話だと、とびきり相性のいい相手が運命の番だから、つまり…ん?運命の番はいるって事ですかね?」
「そうなるね」
羅生門、こころ、銀河鉄道の夜を棚に戻してまた返却ラックへ。
「で?先輩は見つけたんですか?とびきり相性のいいΩ」
「いいや全然」
「えぇー。学校一の色男のスキャンダルかと思ったのに。てか何で急にこんな話?」
残りもぜんぶ棚に戻したら、ラックを所定の位置に戻して業務終了。
窓の外を見てみると、だいぶ日が沈んで上の方が紫色になっていた。
「僕はね、αとβとΩは全く別のものだと思っていたんだ」
「へぇ」
へぇ、とは言ったものの、なんの話かは見えていない。だって、αとβとΩは全く別のものだし。
「でもここでもう一つ仮説を立ててみた。僕らは本来、全ての機能を持って生まれる可能性があったんじゃないかって」
「え、生物学の話?」
何のこっちゃと振り返ると、茜から紺の空をバックにした先輩が優雅な所作でこっちに近づいてきた。
「女性器も男性器も両方あって、定期的にフェロモンで番を引き寄せて、フェロモンを匂いで感じられて、発情期の時に項を噛めば番になる。けれど生まれる過程でそれぞれ発育しきれない機能があって、それによって性が決まるんじゃないかって」
「うん…うん?」
目の前でご高説を賜っても、残念ながら何を仰りたいのか全くもって分からない。
「でも発育しきれなかっただけで、その機能が多少なりと現れる可能性もある」
「はぁ」
「この仮説を君に証明してもらいたいんだ」
「はい?」
オレよりも少し高い位置にある先輩の顔が、どうかな?と覗うように傾げられる。オレの顔は意味が分からなくてその倍くらい傾げられる。
「運命とは、物凄く相性がいい相手の事」
傾げて伸びた首筋に先輩の指が触れてオレは一歩後退した。
「それはさっき聞きましたけど」
「つまり、運命の番がΩとは限らない」
「うん…うん?」
先輩の足が一歩踏み出されて、オレももう一歩後退して、だけどその足はがつっと壁に触れてしまった。
「僕はね、ここ数ヵ月とっても悩みに悩んで、そしてこの仮説にたどり着いたんだ」
後退出来ないオレに覆い被さるように、先輩が両手をトンとつく。そしてオレの首筋に顔を寄せて。
「だって、βであるはずの君からこんなに甘い…くらくらするような匂いがする」
「…はい?!」
すん、と鼻を鳴らした先輩にぎょっとして嗅がれたそこをガードする。オレの手に阻まれて顔を上げた先輩は、まるで酩酊したような表情で。
「Ωの発情期じゃないから微かな匂い…なのにこんなに僕を誘惑する」
「いやしてませんけど?!」
先輩の欲を孕んだ目にビビってらしくもなく声を荒らげた。
「この匂いを他の男にも嗅がせていると思うと君を閉じ込めてしまいたくなる」
「怖いんですけど!」
声に狂気を感じて震え上がったら、それに気付いたのかフッと息を吐いていつもの微笑に戻ってくれた。
「だからね、僕の仮説を証明して欲しいんだ。セックスをしながら君の項を噛めば…君のフェロモンは僕だけのものになる。僕だけの番になる」
正気には戻ってくれなかった。
でもいつもの優しい先輩だからオレも冷静に対処しよう。
「オレβですからなりませんよ番とか…」
「すぐになるとは思ってないよ。番になるまで何度でもやり続ける」
「怖い怖いマジで怖い…!」
慈愛に満ちた笑みを湛えながら何を言っているんだこの人は!
「そもそも運命とか絶対勘違いでしょオレ先輩の匂い全然分かんないし!」
勢いに任せて先輩の胸を両手で突き飛ばした。どんって音がしただけで全然突き飛ばせなかった。
「確かに、僕の匂いに狂おしいほど感じてくれないのは寂しいけれど…そこはいいよ。仮説が正しければ、僕といる事で発現する可能性もあるかもしれないし」
それどころか屈まれてさらに顔が近くなってしまった。
「今だって、匂いは感じなくても僕のフェロモンは感じているでしょう?」
微笑みを湛えジッと覗き込んでくる。
「いやあの…そもそもフェロモンって何っていう…」
「僕に性的な魅力を感じない?」
こんな間近で首を傾げないで頂きたい。
「………いやそれは、先輩相手にそれを感じない人はいないというか…」
「…じゃあ会長はどう?」
「えぇ?あの人は別に…イケメンだとは思いますけど、先輩は別格でしょうどう考えても」
「…そう。ふふ、やっぱり君は僕の運命の番だよ」
「いやだから違…ちょっ、せんぱ…っ」
否定の言葉は先輩の口の中に消されてしまった。
合わさって食まれた唇にヌルリとした舌が触れて、口の中を舐められ舌を絡めとられて混ざりあった唾液ごとちゅるちゅる吸われて足の間に膝を入れられ崩れ落ちることも許されない。
「はぁ…ずっとこうしたかった…ン…」
股を膝でトントン突き上げられながら溢れた唾液を舐めとられて口の中に戻されてぐちゅぐちゅされて飲まされて舌を外に引きずり出されてそのままぢゅぅぅっと啜られてじわりと滲んでいた先っぽがぴゅくりと溢れた。
「はぁ、は、フェロモンが濃くなってる…っぁ、はっ、ふふ、凄い…これが運命…っ」
「っぁ、らめ、らめぇ…っ」
トントンする膝を止めようと股を締めて両手で押さえるもまるで意味をなさない。それどころかぎゅうぎゅうに掻き抱かれてパンツ越しのお尻の穴に指グリグリされて更に激しくトントンされて上から見下ろしてくる先輩の顔は今まで見た事のない雄の顔で。
「はぁ…っ、いまっ孕ませてあげる…っ」
食われると思った。
パンッパンッパンッパンッぶちゅぶちゅドチュドチュ
「あァンっもっやぁ…っせんぱ、むりっむりぃ…っ」
最初は抵抗したものの数メートル這いずるだけに終わり、結果本棚に囲まれながらセックスしている。本が落ちてきたらとろくな抵抗が出来なくなったから数メートルの移動は本当に無意味だった。
「はぁ…っまだだよ、まだ孕んでないでしょう?ほら中出しするよ…っ」
ぐちゅぐちゅグリグリズパンッズパンッパンパンパンパンパンパンパンパン
「やぁぁ…っもぉおなかいっぱ、ぃぃっィイっィイっイイぃ…ッ」
ビュクッビュルルッビュゥゥゥゥ…ッ
あ、でも途中警備員のおじさんが戸締りに来たからやっぱり無意味じゃなかった。
中出しされたと同時に扉が開いて、おじさんが中を覗いて明かりを消して施錠して、その間も腰をゆさゆさして精液を一滴残らずお腹に出そうとするもんだから気が気じゃなかった。
「ぁはっふっ、ぁひ…っ」
ドプ…ッドプ…ッ
今も中出しで痙攣してる所を更にゆさゆさして注いでくるもんだから気が気じゃない。
「っは、はぁ…っン…もう一回頑張ろう、ね…?」
ぐちゅ、ぐちゅ…ずろぉぉ…
「ぁひ、はひ、も…ぁっぁっしょこ、しょこぉ…」
もうずっとこんな調子で何回ヤったのか分からない。オレのちんこからはもう何も出ないのに、先輩は出しても出しても止まらない。
「はぁ、ここに精液ぬりぬりされると堪らない?ふふふ、可愛い…もっと中に種付けしていっぱいぬりぬりしてあげようね」
「ぁひぃィ…」
ちんこで弱いところをズリズリされながらカプリと項を甘噛みされた。中出しの度に歯を立てられるそこはきっと歯形がエグいことになっている。あと噛まれるのクセになってそれだけでイきそうになるから本当に止めて欲しい。
「…っは、また濃くなってきた…っ」
ぶちゅっずちゅっぶちゅっぶちゅっじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽ
「はふっ、はっはっはっァンっゃっ、ぁンン…っ」
オレの首筋をすんと嗅いだ先輩がピストンを速めていく。突くごとにごぷごぷと押し出される精液を補うように新しい精液が注がれる。
「はぁ…ッ出るっ出る…ッまた…ッ中に…ッ」
ドプドプ…ッビュルルルゥゥゥ…ッ
「ぁは…っ、ぁついぃぃ…」
常人ではありえない精力。オレたちβではとてもじゃないが相手なんて務まらない。これが運命の番を前にした時のαなのか、なんて、先輩に毒された思考が頭を過る。
過ぎた快感に朦朧とする意識の中、先輩の歯が項に当たる感触がした。
「君がβで良かった」
図書室で一夜を過ごした後、諸々の片付けをしながら先輩が言う。
「…はぁ」
相槌を打ったものの、意図が読めず首を傾げる。色々発散した結果、βでは運命なんてありえないと正気に戻ったのだろうか。
でも人の尻を酷使した後でそんな事を言うにしては、表情があまりに甘過ぎる。
「君のフェロモンがΩ並に濃かったら、自制出来ずに君を壊してしまっていただろうから」
「………自制してたんですか」
なにそれ怖い。
やはりαの相手はβでは務まらないのだ。
「…あの、もしかしてこれまだ続けるんですかね」
床を拭きながら問いかけると、後ろから腕が伸びてきて先輩の足の間に抱き寄せられた。項にキスを落とされて身じろぎする。
「もちろん。君が僕の仮説を証明してくれるまで」
「…証明なんて出来ないと思いますけど」
だってオレはどうあがいてもβだし。そもそもなんでそんな仮説に辿り着いたのか。
後ろを覗うと、いつもより優しく甘い完璧な微笑。
「証明できなければ、他の男にフェロモンを撒き散らす君に我慢出来なくなって監禁エンドだね」
美しい微笑みを湛えながらなんて事を。
「………仮説があってる事を祈っときます」
「ふふ。うん、そうして」
愛おしそうにオレの項を食む先輩。
オレはとんでもないαに目をつけられたのかも知れない。
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