自炊をしたことないとは言わないが、食事は自分で作るより買ってきた方が美味いし安いなと俺は思う。
ベテランじゃあるまいし、手間や量を考えると一人分を自炊するのは意外にコストがかかるのだ。
そう、今時のカップ麺は美味いし、牛丼は安いし、よって俺は普段自炊はしていない。
が、それはできないって意味じゃない。
おおまかな作り方さえ分かれば俺にだって作れる。

そう思って、単純に卵料理といえばこれだろうと、自分が食いたかっただけとも言えるオムライスを選んだ俺は後悔していた。
チキンライスをただ卵で包めばいいだけだろうと思っていたのが間違いだった。
その卵で包むというのが難しいのだ。
フライパンで焼いた卵の上半分に、先に作ったチキンライスを乗せ、残り半分をかぶせて皿へとひっくり返す。
「うっ…」
案の定卵が盛大にやぶけてライスがはみ出した。
失敗作を見下ろして一瞬固まってしまう。
できると大口叩いておいてこれでは…。
馬鹿にしたようにニヤつくノミ蟲の顔が脳裏をよぎり、条件反射で額に青筋が浮かんだ。
よしもしもこれを臨也が笑ったらとりあえず殴ろう。
もう一度卵を焼いてその上にかぶせようかとも思ったが、腹に入れば一緒だよな、うん。
そう自分に言い聞かせて気持ちを切り替える。
そうして不恰好なオムライスの皿を手に振り返ると、テーブルの前にいた臨也がものすごい勢いで目をそらした。
うん?なにこいつすげえ真っ赤なんだけど。
「おいできたぞ」
臨也の前にオムライスを置くが、うつむいた臨也は顔を上げない。
とりあえず珍しいのでその様をジロジロと見つつ、スプーンを探す。
引き出しの中にあったので一本掴んで戻るがやはり赤い。耳とか。
「………」
つむじを見下ろしながら俺は考える。
どこかに照れる要素があったのだろうか。
いや確かに、もしも臨也が俺んちに来て飯を作ってくれたなら、俺だって照れる。ただしそれ以上に何か盛られてないかを疑うが。
やっぱかわいい、んだろうな、これは。
ノミ蟲のくせにいっちょ前に照れやがって…
俺まで照れるだろうが!!

「おい冷めるだろ。早く食え」
「………」
「おい臨也」
「………」
「おまえ、それはつまり、俺に食わせて欲しいのか?」
「んなわけあるか!!!」
振りかぶった臨也の裏拳が俺の腹に入った。
思いっきりやったらしいがもちろん俺にダメージはない。
手の甲を押さえて赤い顔でギリッと睨み上げてくる臨也に、俺はスプーンを握らせ、その脇に両手を差し込んだ。
「ちょっと何!?やめろ!!」
「車椅子じゃ低いだろ。椅子に移動しろ」
「いい!平気!食べれるから!」
テーブルに置かれたオムライスをひったくるように手にした臨也に、持ち上げたらこぼしそうだと俺は大人しく手を離した。
臨也はそのままオムライスを膝の上に抱え、ためらいなくそれをパクリと口にした。

……うっ
おい、なんだこれ。
なんかキュンとしたぞ。
俺が作ったものを、食べやがったぞこいつ。
こんなもん食えるか!とか、なんでシズちゃんが作ったものを俺が食わなきゃなんないの?とか、最悪引っくり返されたりするんじゃないかと考えて、そうしたら無理矢理口にねじ込もうと予定を立てていただけに、こうも素直に口にされると、まるで信用されているようでくすぐったいじゃねーか!
ちくしょうこのやろう、思わずにやけそうになる口元を手で押さえて俺は耐えた。
臨也のくせにかわいいとかふざけるなと、ぶん殴ってしまいたい衝動を耐えた。
そして赤い顔でもそもそとオムライスを口に運ぶ臨也をしばし眺め、一応聞いてみる。
「うまいか?」
「まずいよ?」
こ、このやろう…
「何だよ、俺の考えてることだいたい分かるとか言ってなかった?だから正直に言うよ。まずい。ライスはバサバサつーか硬いし味薄いし、卵も焼きすぎ。3点だね」
「そりゃ何点満点中だコラ」
「聞かない方がいいんじゃない?それよりケチャップ取って」
「くそ、やっぱかわいくねえ…」
「は?当たり前だし。ハタチ過ぎた男にかわいさを求める方がどうかしてる」
悪かったなどうかしてて。
チキンライスを作るのに使ったケチャップを持ってきて、手を伸ばす臨也を無視してその皿の上にケチャップを落としてやる。
卵の破けた部分にぶっかけてやると、臨也は顔をしかめたが、俺を見上げて言った。
「シズちゃんは食べないの?」
「食う。これから作る」
「そうしなよ。このまずさをシズちゃんも早く味わえばいい」
ほんっとにかわいくねーなこいつは!
チッと舌打ちして、自分の分を作ろうと卵をボウルに割った。
最初に臨也に披露したのと同じように二つ割ったところで、それをじっと見ていた臨也がまた手を伸ばしてきた。
今度はなんだと見守ると、卵の入ったボウルを取り上げ、膝上のオムライスをテーブルに戻して、代わりにボウルを抱えたままキコキコと車椅子をコンロ前に動かした。
「なにすんだテメー」
「まあまあいいからいいから」
塩コショウを卵に振り、戸棚からコーヒー用のミルクを出してそれも卵の上に垂らした。
そして今度はバターを多めにフライパンに落とす。
「ちょっとシズちゃん手伝って」
「なんだよ」
「届かないから持ち上げてよ」
「……しょうがねーな」
先ほど拒否されたことを今度は後ろから、臨也の脇を掴むと、そこじゃ邪魔だからと腰を持つよう指示された。
いちいち注文が多いと思ったが、しかし文句も言わずに従った。
自分でやるから下がってろ、とも言わなかったのは、この臨也の行動が俺のためにオムライスを作ってくれようとしているからではないかという期待からだ。
ぶっちゃけると嬉しかった。
これで自分の分を作り直してるとか言いやがったらさすがに腹立つっつーか、もしそんなことを言い出しても俺が食ってやる。
などと思いながら、さほど苦もなく腰骨の上から掴んで持ち上げると、頼んだくせに嫌そうな顔をした臨也がチラリと振り返った。
「ほんと便利でデタラメな腕力だねシズちゃん」
「おまえが軽いだけだろ」
「そんなことないですぅー。シズちゃんが普通じゃないんですぅー」
俺に持ち上げられブランとギプス付きの足を揺らした臨也は、口を尖らせながらシャカシャカと菜箸で卵を混ぜ、熱したフライパンに流し入れた。
フライパンを揺らしながら、その上でもすばやく卵をかき混ぜ、すぐに火からフライパンを離す。
フライパンの端に卵を寄せながら形を整えていくのを見て、俺は首をかしげた。
「おいオムライス作ってんじゃねーのか」
「オムライスだよ。いいから見てなって」
ふんわりした半月状のオムレツを作った臨也は、もういいと車椅子に戻った。
俺は臨也から手を離して気がついた。
クソッ、腰を持つんじゃなくて腰に腕を回して持ち上げれば良かった!
そうしたらなんかすげーイチャイチャしてるみたいだったのに!
想像したらものすごく恥ずかしい姿が浮かんで、いやない!まだ早い!と俺は頭を振った。
臨也は俺の葛藤になど気付かないらしく、機嫌よく膝の上に皿を置き、まずいと評価したチキンライスを盛り付けている。
そしてそのライスの上にオムレツを置いて、ナイフを手にした。
「これ、一度やってみたかったんだよね」
臨也は楽しそうにオムレツに切れ込みを入れ、トロトロとした中身をライスの上に広げた。
なんだそれテレビで見たことある!
「おお…」
「よし成功!」
得意げにニヒッと笑う臨也に、俺もつられて笑った。
すると臨也はすぐに笑顔を固まらせ、車椅子を走らせた。途中俺の足を轢いていくことを忘れずに。
「テメェという奴は…」
別に痛くはないがムカついたのでデコピンのひとつでもしてやろうと振り返ると、臨也は真っ赤な顔でオムライスにケチャップをかけており、思わず固まった俺にその皿をズイッと差し出してきた。また目をそらしながら。
「はい召し上がれ」
「お、おう…」
新婚か!とツッコミを入れる者がおらず、二人して顔を赤くして、キッチンが異様に甘い空気に満たされた気がした。
それは、見下ろしたオムライスに「死ね」と書かれていたのもこの際不問にしてやろうと思えるほどのデレた空気だった。

俺の作ったオムライスに比べ、臨也のオムライスがあまりに美味そうに仕上がっていたので、取り替えてやろうかと提案した俺に「やだ」と一言、取られまいと俺の失敗オムライスを抱え込んだ臨也に、俺はもう色々と我慢が限界だった。

しかし、俺はこの後KYとはこのことかと実感することになる。
人のことを普通じゃないという臨也こそ、普通じゃない。
新羅や門田に聞いても正直俺に賛同するだろうと思われる、空気の読めないことを臨也は言ってきた。




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